ONE HUNDREDTH

中国、小売、マーケティング、ファッションなどなど

新小売に課題を残したアリババの独身の日

最高売上を記録したが…

2018年の双11(※11/11の独身の日のこと。シュワンシーイーと読む)が終了した。今年のアリババの売上は2,135億元(約3.5兆円)・対前年+26.9%となり、成長率はこれまでより鈍化したものの過去最高売上を達成した。この額には事前の予約購買等、様々な売上を合算していると想像されるが、いずれにせよ凄まじい売上規模である。

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アリババの独身の日の売上推移(筆者作成)

私にとっては上海に来て2回目の双11だ。去年、現地で始めて双11を体験し、これはもはやアリババのお祭りではなく、オンライン(EC)・オフライン(実店舗)を問わない中国の小売業全体のお祭りだと記した。実店舗にも「買い物しよう」という空気が満ち溢れていたのだ。

そして、2018年。今年の双11は日曜日ということもあって、実店舗も前年(2017年は土曜日)以上の盛り上がりを期待していた。しかし、上海の街の雰囲気は去年と明らかに違っていた。各商業施設の集客・盛り上がりは去年ほどではなく、明らかに買い物ムードが減退していた。個人の感覚で申し訳ないが、案外こういう小売人の感覚は当たっていることが多いので、自分でもそれなりに信じるようにしている。

日本でもアリババの売上規模については様々なメディアで報道されているが、今回はあまり語られていない実店舗の状況をレポートしてみたい。 

  

【 前提事項 】 

大前提として、今年は11/5(月)〜10(土)まで上海で「輸入博覧会」が開催されたことが大きく影響している。日本ではご存知ない方が多いと思うが、この輸入博覧会は習近平氏の肝煎りプロジェクトで、各国から要人が訪中し、この1週間、上海の街は厳戒態勢となった。   

日本人には理解し辛いだろうが、中国で政府・習近平氏が旗を振っているイベントとなれば、現場の気合いの入り方は半端ない。何ヶ月も前から周辺の道路は整備工事がされ、要人が通る道路に面したビルの窓はすべて封鎖された。

挙句1ヶ月前になって、上海市から開催日の11/5(月)・6(火)を休みにし、11/3(土)・11(日)を振替出勤するようお達しがあった。大部分の人にとっては直接関係ないイベントであるにも関わらずだ。これは強制ではなかったものの、事実、独身の日の11/11が出勤になった会社(学校も)も一定数あったようである。博覧会は前日の11/10に終了したとは言え、その後遺症があったことは否めない。

 

独身の日の圧倒的な露出

今年も10月中旬頃から、オンライン・オフライン問わず双11の露出が激しくなった。輸入博覧会の告知もあるものの、地下鉄各駅はじめ、人目につく主要なメディアはほぼ双11がジャック。期間中は双11以外の広告を探す方が難しいくらいであった。去年はアリババ一色だったが、今年は競合の京東の露出も増えた印象だ。

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変わり種では、WiFiのネットワーク名を使った広告も見られた。上海の地下鉄には「花生地鉄」というアプリを使ってWiFiが使える路線があるのだが、普段は「花生地鉄WiFi」しか表示されないところに「天猫双11十周年」のネットワークが。世代問わず日本以上にスマホ中毒者が多く、フリーWiFiを探す&繋ぐのに慣れている中国・上海の生活者に対して、地下鉄という閉ざされた空間で日本のように視線を傾ける車内吊り広告もなければ、このようなアプローチは案外有効なのかもしれない。

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そして、今年も直前の11/10の夜には記念番組がTVで放映された。ミランダ・カーマライア・キャリーの他に、日本からも渡辺直美が出演し、お得意のビヨンセダンスを疲労して会場を盛り上げた。

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アリババの2018年独身の日の特徴

今年のアリババの双11の特徴は、何と言っても彼らが掲げる「新零售(新小売)」の取り組みをアップデートさせたことである。 

(1) チーム・アリババ での取り組み

核となる「天猫(Tmall)」「淘宝」だけでなく、アリババ自身のリソースのフル活用し、傘下のプラットフォームや実店舗型小売でも双11の取り組みがおこなわれた。

  • 飛行機やホテルの予約などトラベルEC「飛猪(フェイジュー)」
  • フードデリバリーの「餓了么(アーラマ)」
  • 食を中心とした口コミ&O2Oサービスの「口碑(コウベイ)」
  • スーパーの「盒馬鮮生(フーマーシェンシャン)」「大潤発(ダールンファー)」
  • 家電量販店の「蘇寧(スーニン)」
  • 杭州を中心に展開する百貨店の「銀泰(インタイ)」
  • 家具などリビング用品を扱う「居然之家(ジューランジージャー)」 など

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天猫、口牌、盒馬、それぞれ当日のアプリTOP画面

銀泰の旗艦店である杭州の武林総店では、一部のブランドでオンラインと同一価格での販売、紅包のプレゼント、ライブ中継イベント、無料バスの運行、ストップウォッチを11.11秒ジャストで止められたらプレゼント進呈など、様々なイベントが展開され、当日の売上は対前年+34.2%を達成。そして、銀泰全店の期間合計(11/1〜11)売上は、対前年+36.7%になったそうだ。 

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 ※画像出典:銀泰のWeChat公式アカウントより

 

(2) グループ外の実店舗との取り組み

もう一つは、アリババのグループ外の小売も巻き込んだ取り組みである。今年は400都市の20万店舗がアリババの双11に参加したとのこと。

オンラインの世界で大きくなったアリババが、今後は、オンラインとオフラインを融合する新小売プラットフォーマーとしてのポジションを築く為の取り組みと言える。特徴的なものを紹介してみたい。

 

① Offline → Online → Offline

これは上海の中山公園駅の隣接している「龍ノ夢」という地元密着型のショッピングセンターだ。入口には天猫の双11が大きく告知されている。

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店内に入ると、各ショップの前にはQRコードが書かれたPOPが設置されている(下記写真左)。このQRコードを天猫のアプリで読み取ると、そのショップのクーポンや紅包が獲得できる仕組み。天猫のオンラインで使用できるものもあるが、その多くはオフラインの実店舗専用のクーポンである。他に参加しているショップも地図で表示されるので、気になる店舗を複数まわってクーポンを集まると、更なるインセンティブを獲得できるスタンプラリー型の販促だ。 

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これまでの感覚であれば、実店舗で天猫の告知をすると実店舗の売上が天猫に取られてしまうような印象を抱くが、今回は天猫のプラットフォームを使って実店舗のクーポンを配布している点がポイントである。

中国の小売(特に洋服や靴など対面販売型の店)では、従業員の殆どは売上に応じた歩合給をもらっている。日本の小売でも歩合給は存在するが、中国はそのウェイトが特に高い。中には基本給が相当抑えられている会社もあるので、もしこの歩合給が減るようなことがあれば、彼らにとっては死活問題になる。日本のオムニチャネル先進企業のように、人事評価にEC売上も対象にしているような企業はまだまだ少ない。実店舗の売上がオンライン(EC)に取られるようなキャンペーンであれば、現場スタッフの協力はまず得られない。POPすら撤去されるかもしれない。現場スタッフを巻き込む為には必須のスキームだったと言える。

 

② Online → Offline

もう一つがいわゆるO2Oの取り組みである。現在、天猫アプリのフッター中央には、「逛商圏」という位置情報に連動して実店舗の情報を中心に提供するメニューが存在する。平常時から一部のブランドはクーポンを出したり、ECへ誘導したりしているが、双11時はいつもより多くのブランドが実店舗用クーポンを用意して、店舗送客をおこなった。

天猫の「逛商圏」をタップすると最寄りの商業施設が表示されるので、その商業施設で興味があるブランドをクリックしてクーポンを取得、そのクーポンをきっかけに店頭へ来店、該当のクーポン画面を販売員へ提示すれば特典を享受できる仕組みだ。もちろんクーポンを提供せず、店舗情報だけのブランドも多数存在する。

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この①②の取り組み、ブランドによって特典内容は異なるが、基本的に実店舗への送客を目的にされている。であれば、アリババにとってこの取り組みはどういった意味があるのだろうか?肝心の売上が実店舗で計上されると、アリババにとってはマイナス効果になるのではないか?

アリババの張勇CEOはメディアから今年の売上について聞かれた際、次のように語っている。

「天猫、淘宝、飛猪、口碑は双11の売上に含んでいるが、盒馬、饿了么、銀泰、大潤発等の売上は双11に含めていない。(中略)オフライン型小売のうち、アリババのテクノロジーを使った取り組みのオンライン部分は双11の売上に加算している。(中略)我々が言及しているのは双11の利益ではなく、取引規模である。」と。

ハッキリしない説明ではあるが、今年の双11の売上2,135億元に、これら実店舗の売上の一部が含まれている可能性がある。オンライン・オフライン問わないプラットフォーマーとして、自社の収益だけでなく、双11全体の規模を大きくしていこうという考えなのだろう。

 

アリババにとっての課題

新小売の構想を進めるべく、アリババグループ全体に取り組みを広げ、実店舗の巻き込みも増えて最高売上を達成。一見何も問題ないように思われるアリババの双11。しかし、冒頭申し上げたように、上海の街を見た限り、実店舗が盛り上がっていないのだ。当然、実店舗の努力不足、オンライン(EC)に顧客が奪われているからという指摘がありそうだが、アリババと共同するはずの店、共同した店も盛り上がりに欠けた。アリババ自体、実店舗をもっと活性化させられると思っていたのではないだろうか?

(1) 有力パートナーの取り込み

アリババはこの2年で800億元以上もの金額を実店舗小売企業に出資し、経営に参画してきた。しかし、小売業全体で見れば、まだまだ彼ら自身で出来る範囲は限定的だ。新小売の構想を広げていくには、実店舗で力を持った企業を巻き込んでいく必要がある。

今回の双11で象徴的だったのが浦東にある百貨店「第一八佰半」だ。下記写真を見ていただきたい。去年と今年の11/11の同じ時間帯に撮影したものである。

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去年はアリババと共同で大々的に双11に取り組んでいた。八佰半の店の前では、規定の時間に紅包が貰えるということで多くの人が集まり、スマホ片手にゲームに講じていた。しかし、今年の八佰半にアリババの露出は一切なし。一応、独自に双11のプロモーションを縮小して実施しているものの、告知は限られており、顧客の賑わいも少なかった。

八佰半と言えば、アリババが戦略提携している国営の「百聯集団」に属し、年間約40億元を売る上海ではNo.1の百貨店である。本来アリババの立場であれば、大都市上海で、新小売の象徴的な位置付けとして一番取り組みたい相手のはずだが、今年はアリババとの取り組みがなかった。

もともとラグジュアリーブランド中心の高級ショッピングセンター等は双11の取り組みを殆どしていないが、中価格帯の商業施設でも、市の中心部で力のある商業施設ほどアリババの存在を避けている感が見て取れた。一方で前述の龍之夢しかり、住宅地や郊外にあり、自店だけでは集客を掛けづらい店ほどアリババのプラットフォームを活用している。

 

(2) 参画企業の管理

2つ目は、小売がこういうプロモーションをする際のあるある話だが、取り組みが店頭の現場に落ちていないということである。

下記写真は、天猫で実店舗用クーポンを配布していた宝飾ブランドと婦人服ブランドである。天猫上でクーポンを取得して店頭を見に行くと、店頭にはPOPもなければ、天猫の文字も一切出ておらず、このクーポンが本当に使えるのかどうか分からない。別のブランドで、店員にクーポン画面を提示してみたが「分からない」との回答だった。

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私の中国語のレベルの問題もあっただろうが、概して中国人は自分が知らないことに対して誰かに聞いて確認することもなく、自分の知識の範囲内で断定的に答える傾向がある。全てがこのような店ばかりではないだろうが、私が数店聞いただけでもこのような状態なので、同レベルの店はかなり存在したのだろう。

オンライン(EC)の世界の人からすると、「なぜこんな簡単なことができないのか?」と思われるかもしれない。しかし、教育水準も異なる多様なスタッフ(販売員)、シフト制でスタッフ間の連絡も上手くいかない、本部からメールしているのにちゃんと見ていない、こういう問題は実店舗の現場では往往にして存在する。 

これまで彼らが取り組んできた天猫・淘宝であれば、オンライン上での行動が購買体験の大部分を占めている為、プラットフォーマーとして管理できる範囲が大きかった。天猫・淘宝には顧客からの問い合わせに売り手は◯◯分以内に返答しなければならないというルールがあるそうだが、これも「問い合わせ」というデータが発生することによって初めて管理ができる。

オフラインの実店舗の場合、仮にアプリ等を使って誰がどこにいる位の情報は分かっても、実際に顧客と販売員の間で何がおきているか、彼らにも分からない。加えて実店舗では、その販売員とのやりとりが購買体験の最も大きな要素を占めている。いくらオンライン上で個人を分析し、購買確率の高い優良な顧客にアプローチできたとしても、店舗の現場で良い体験を提供できなければ顧客満足は向上しない。肝心の買い上げにも繋がらない。DiDi等で使われている顧客からの評価制度も、直接雇用関係のない現場の販売員には機能し辛いだろう。実店舗には現状のアリババでは管理しきれない範囲が多いのだ。

 

新小売の実現に向けて

今回、グループ外の実店舗との取り組みは、クーポンや紅包等に限られていた。O2Oという言葉が日本でも既に使い古されているように、上記で記載したような取り組みは規模感は全く異なるにせよ、日本の小売でも数年前から普通に実施されているレベルの内容である。

彼らが目指すオンラインとオフラインを融合した新小売とは、「OMO」とも言い換えられる。OMO(Online Merges with Offline)とは、顧客の体験をオンライン・オフライン隔てなく提供することだ。中心にあるのは「顧客体験」である。様々なデータを活用して顧客を "理解" し、顧客に寄り添い、顧客により良い体験を提供する為に、実店舗、接客、EC、WEB、SNS、あらゆる資産をチユーニングする必要がある。

現状は、アリババならではのデータを活用して、「顧客一人一人に最適化された新たな顧客体験の提供する」というレベルには程遠い。とりあえず、今回はアリババのプラットフォームを使う小売が増えたというスタート段階である。プラットフォーマーとして新たな小売のカタチを作るにはまだまだ課題は多い。

「ニューリテール(新小売)」に続いて、2017年には「ニューマニュファクチャー(新製造業)」の概念を提唱したアリババ。小売企業をどんどん買収したように、今後は製造業の買収を進めていくのかもしれない。アリババがバリューチェーン全体を自ら構築できるようになった時、彼らが本当に思い描く新小売のカタチが実現するのかもしれない。

1年で日本の百貨店の総面積が開発される上海

何かとTech方面では注目を集める中国の小売業界だが、従来からの実店舗型小売(※ここではショッピングセンターや百貨店等を指している)の動きも活発だ。

上海に来てから1年半が経過したが、その間にも様々な商業施設が開業した。2017年5月には郊外の七莘路に「VivoCity」が12万平米で、2017年9月には紫藤路に「万象城」が超巨大な24万平米でオープン。開発は郊外だけなく、中心部の住宅地である中山公園にも「Raffles」が開業。商業地区の既存施設でも全面改装等が相次いでいる。

日本の小売関係者なら、上海に来て見に行くべきは盒馬鮮生や無人コンビニだけではない。圧倒的な規模・スピードで開発が進む実店舗型小売も是非チェックいただきたい。

 

上海は全国でも一番の開発件数

2018年開業予定の商業施設がまとめられている。出典は中国の小売業界の情報を集めている联商网

まず、これは2018年上半期に中国各都市で開発された商業建築面積2万平米以上の施設(ショッピングセンター・百貨店・専門店等)の件数である。1級都市が上位を占めているが、その中でも上海が18件と群を抜いて多い。2万平米と言えば、それなりに大きい施設である (参考:日比谷ミッドタウンの商業エリアの面積が1.8万平米)。もっと小さな施設も合わせると、その数はさらに増える。

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その18件の中身がこちら。上半期の中では、地下鉄7号線の行知路駅近くにある「静安大融城」が19万平米と圧倒的な大きさ。

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日本と同じように、ここ上海でも郊外には車で気軽に行ける巨大なショッピングセンターが増えている。近隣住民の生活インフラとなるスーパーや多様な飲食店、子供向けの教育施設、映画館など、わざわざ都心部に行かなくても用事が済むワンストップ型の品揃えを実現している。この辺の詳しい内容については、また別の機会にまとめてみたい。

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2018年6月にオープンした静安大融城

続いて、こちらは8月以降に上海で開業予定の施設。上半期で18施設がオープンしたわけだが、これからさらに38施設ものオープンが予定されている。

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合計56の施設を地図上にマッピングしたのがこちら。たしかに郊外の開発が目立つが、決して郊外だけでもないことがお分りいただけるであろう。

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上海で2018年開業&開業予定施設の所在地(筆者作成)

 

2018年開業予定施設の総面積は520万平米

実際のところ、上記一覧の中にはどう考えても2018年度中には間に合わないだろうと思われる施設も含まれている。また仮にオープンしたとしても、中国では館の開業時には全ての店(テナント・ショップ)は開いておらず、館のオープン以降、徐々に開いていく「ソフトオープン型」が主流なので、各施設が完全な状態になるには暫く時間が掛かるだろう。

しかし、開業時期は前後する可能性があるとしても、上海一都市の1年で56もの施設が開発がされているのである。この56施設の面積を単純合計すると、522万平米にもなる。522万平米と言われても想像つかない方が多いと思うが、日本の全国の百貨店の総面積が570万平米である。つまり、上海一都市の一年で日本の百貨店全ての面積と同じ大きさが開発されているということである。その凄まじいボリュームが想像いただけただろうか。

これが「中国・上海はまだまだ経済発展途中だから、それだけ店を作っても大丈夫」ということであれば問題ないだが、現実は決してそのような状況ではない。

 

供給過剰の商業施設

下記は、上海ショッピングセンター協会の報告を元に、ここ12年間のショッピングセンターの売上と売場面積をまとめた表である。

出典:上海购物中心的真实现状:是时候敲警钟了_搜铺新闻

ちなみに、2017年時点で上海のショッピングセンターの総面積は1,750万平米だが、仮に前述の2018年開業予定施設(※ショッピングセンターだけでなく百貨店等も含む)の面積522万平米を加えると、その総面積は2,200万平米以上になる。東京都の小売業の総売場面積は約1,000万平米と言われている。"上海市" と言っても、その大きさは6,340万平米(大分県群馬県くらい)もあるので、東京都の約2,200万平米とは比較にならないが、上海のショッピングセンターだけで東京の総小売面積の倍以上もあるというのは、なかなか信じがたい数字だ。

上記表に寄れば、2006年から2017年までの僅か12年の間に、上海のショッピングセンターの売上は約5倍に、売場面積は約5.2倍に成長している。一見、売場面積に比例して売上も伸びてきたように思えるが、これを年度別の成長率で見ると状況は異なる。

上記表の売上と面積の成長率のみを抜き出したグラフがこちら。

2013年を境に売上と面積の成長率は逆転している。売上の成長率が右肩下がりで鈍化しているのに対し、面積は右肩上がりで上昇。年を追うごとに二つの成長率は乖離していっている状況だ。ここ上海においては、明らかに商業施設が供給過剰に陥っているのだ。

また、中国の小売におけるEC化率は15%と言われている。日本の6〜7%から比べると倍以上の値で、韓国に次いで世界No.2の高さである。実店舗と天猫や京東を筆頭とするオンラインショッピングとの競争も日本以上に激しいのが実態である。

このような供給過剰な開発によって、上海では既に中心部の施設でもテナントが埋まらず、売場を仮囲いしたままの店もよく見かける。そんな状況にも関わらず、旺盛な開発は今も続いている。成長〜成熟に至るスピードが日本より圧倒的に早い中国・上海。今後も継続して生き残っていける商業施設は、本当に特徴化された施設や、圧倒的に魅力ある商品や体験が得られる施設に限られるだろう。このままでは、そう遠くない時期に上海の商業施設 "閉鎖" 一覧をご紹介することになりそうだ。

 

アリババ初のショッピングセンター「親橙里」がオープン

1. 実店舗への投資を加速させるアリババ

もはや中国の小売業を語る上で欠かすことのできない存在となったアリババ。そのアリババが2018年4月28日、杭州に初のショッピングセンターを開業した。その名も「親橙里」(簡体字:亲橙里/読み方:チンチャンリー  ※以下簡体字で表記)。

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"新零售"(新小売)の構想を掲げて、オフラインの世界へ積極的な展開をするアリババ。新小売を象徴する存在となった食品スーパーの「盒馬鮮生」をはじめ、百貨店・ショッピングセンターを手がける「銀泰」への投資、国営の小売グループ「百聯集団」との提携など、矢継ぎ早に実店舗型小売企業への投資・提携を進めている。わずか2年弱で、その投資額は累計 800億元(約1兆3600億円)にも及ぶ。

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アリババの実店舗型小売業への投資状況

[出典]三菱東京 UFJ 銀行(中国)経済週報「小売業の革命を主導する大手 2 社の競合」 

そんな彼らが自ら初めて手がけるショッピングセンター「亲橙里」とは一体どんなものなのか?今回はその様子をレポートする。

 

2. アリババ従業員の為の施設? 

場所はアリババのお膝元

訪れたのはオープンから4日目の5月1日、中国は労働節の3連休の最終日に当たる。

場所は杭州のアリババ本社の隣りに位置する。街の中心部からは離れており、地下鉄も直結していないので、タクシーを使う必要がある。高鉄(新幹線のようなもの)の駅(火車東站)からであれば、地下鉄を乗り継いで2号線の文新駅まで行き、そこからタクシーで向かうのが良いだろう。

もしくは火車東站からアリババ本社まで直通バスが1時間に1本ほど出ているので、時間が合えば便利だ。但し、利用するには「微巴士」というアプリを使って、切符の事前購入&乗車時の提示が必要だが、このアプリのID登録には中国携帯が必須なので、日本からの出張者には厳しいかもしれない。

[住所]杭州市余杭区文一西路与常二交叉口

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話は逸れるが、以前「地下鉄もスマホ決済で完全なキャッシュレス社会へ」で上海の地下鉄事情を紹介したが、さすがアリババのお膝元である杭州杭州の地下鉄はAlipayを使用すれば切符を買う必要なく、スマホ決済で乗車が可能だ。Ailpayとの接続を認証し、乗車&降車時にAlipayの「Pocket」に収納された杭州地鉄乗車码からQRコードを呼び出す。改札機にQRコードをかざせば自動的にAlipayで決済される。

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亲橙里がアリババの隣にあるには理由がある。

ショッピングセンターの周辺はいわゆる「アリババ村」であり、周りには多くのアリババ従業員が住んでいる。このショッピングセンターにも従業員の住居施設が隣接している。しかし、この辺りは街の中心部から離れていることもあり、近隣に商業施設は殆どなく、従業員はこれまで不便な生活を強いられて来た。そんな従業員たちに福利厚生の意味合いを込めた施設が、この亲橙里である。

一般の商業施設とは異なる品揃え

営業面積は約5万平米とのことだが、メインの建物だけで見るともっと小さい。フロア構成はB1階〜5階までで50弱のテナントが入居する。

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テナント構成を見ると、従来の一般的なショッピングセンターや百貨店とは大きく異なる。現在、中国のショッピングセンターや百貨店で売上の柱になっている化粧品は1ブランドしかなく、洋服のブランドも非常に少ない。ましてやラグジュアリーブランドなど存在しない。実に飲食店が半分以上を占める特異な施設だ。

中国メディアによると、これらの飲食店はアリババの従業員たちに選ばれた店とのこと。他にも最上階には映画館、地下にはスーパー(※後述)、歯医者、家電・リビング関連のテナントが多く、都心部の商業施設とは品揃えが違っている。

それもこれもアリババ従業員の為ということなのだろうか?それとも、有力ブランドを誘致することができなかったのだろうか?

 

3. 亲橙里の見どころ

自主運営ショップ

飲食店が半分以上占める亲橙里の中で特徴的なテナントとして、アリババ自らが運営するショップが4つ存在する。

①淘宝心選f:id:horamune:20180519215247p:plain

タオバオが展開するショップであり、1階中央の最も良い場所に店を構える。無印良品をかなり意識したと思われるショップであり、リビング雑貨を中心に文具、家電などを扱う。商品自体は手頃な値ごろ感で無難なデザインということもあってか、ショップ内は多くの人で賑わっていた。

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売場内には、ところどころにテクノロジーを生かした設備が用意されている。

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商品をかざすと自動で認識して商品説明をするサイネージ

タオバオのアプリでバーコードを読み取れば、商品の詳細情報を知ることができ、そのままタオバオで注文することが可能。

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盒馬鮮生と同じ電子棚札が使用されている

会計は全て壁面に設置されたセルフレジで行う。顧客は商品のバーコードをレジで読み取った後、自身のタオバオの会員QRコードをスキャン。アプリに紐づけた決済方法で支払いする流れとなる。

実店舗でもタオバオのアプリを使って会計することによって、アリババ側はオフライン・オンライン問わず、顧客が何を購入したかを補足することが可能となる。

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②天猫精霊f:id:horamune:20180521192047p:plain

日本でもGoogleAmazonをはじめAIスピーカーの競争が激化しているが、ここはアリババが手がけるAIスピーカーのショップ。商品の展開数はかなり限定されているが、アリババのAIスピーカーを体験できるアンテナショップとしての位置付けだ。

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音声指示によって光が上下左右に動く

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映像と音声の特別体験が可能

 

③天猫国際
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 TMALL(天猫)で扱う海外からの輸入商品を実際自分で試用体験することができるショップ。杭州の西湖近くの銀泰百貨店内にオープンした1号店に続く2号店とのことらしいが、私が視察した時にはまだオープンしていなかった。 

 

④盒馬鮮生f:id:horamune:20180521214824p:plain

拡大を続けるアリババ傘下の食品スーパー「盒馬鮮生」は、地下全てを使って展開。盒馬鮮生の詳しい説明については、過去記事をご覧いただきたい。

Amazonの先を行く食品スーパー「盒馬鮮生」 - ONE HUNDREDTH

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盒馬鮮生の売りである充実した海鮮コーナー。その場で調理してもらうことが可能。

ここの盒馬鮮生は過去上海で見た店舗より、飲食スペースがかなり大きく取られている。「30分以内の配達」を謳い文句にしたECメインのスーパーのように思わているが、実店舗の体験要素を特に重要視していることが分かる作りだ。

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盒馬鮮生の店舗の特徴である天井に張り巡らされた商品運搬用のレーン

オープン直後の3連休ということで、ショッピングセンター内はどのフロアも賑わっていたが、最も人が多かったのがこの盒馬鮮生。それだけ近隣住民からの期待も高かったということだろう。

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ピザもその場で焼いてくれる変わり種の自動販売機。

 

テクノロジー&データの活用

2つ目が、最もアリババらしいテクノロジー&データの活用だ。"デベロッパー" としてのアリババは、従来の商業施設とどのような違いを出せるのか?

①Virtual Fitting System

これは中国の「Cloudream(雲之夢)」という会社が手がけるVirtual Fitting Systemだ。2014年に深圳で設立された主に3DとAI技術を研究するテクノロジー会社だが、近年、アリババとの連携を深めており、新小売のパートナー企業の一つになっている。

《 Virtual Fitting Systemの機能 》

  1. 画面の前に立つと、自動的に対象となる人物を撮影。
  2. どのような人かを画像解析して、属性(身長・体型・性別等)を判別。顔だけ画像を取り込む(3D風)。
  3. その人の体型や雰囲気に合わせて、洋服をスタイリング提案。
  4. 画面をスワイプすると画面上の自分に商品を着せ替えることが可能。画面に表示されたQRコードをスキャンすれば、そのままTMALL(天猫)で商品購入もできる。

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この Virtual Fitting System が設置されているのも、新小売のモデルブランドの一つになっている「MiSHOW」である。アリババは、この「MiSHOW」や同じくアパレルブランドの「Kerr&Kroes」等と協力。アリババの膨大なデータを活用して店舗周辺にいる顧客にアプローチしたり、テクノロジーを活用した新たな顧客体験を模索したり、オンライン・オフラインを問わないオムニチャネルの様々な実験をおこなっている。

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MiSHOWの売場内には別のサイネージも設置されており、多くの顧客が珍しそうに足を止めて、この機能を体験していた。

また、この Virtual Fitting System はMiSHOW以外のショップや、エレベーター前の共有スペースにも設置されており、デベロッパーであるアリババ主導でこのシステムが導入されていることが分かる。

 

②多様なサイネージ

上記の Virtual Fitting System もしかり、亲橙里には、従来のショッピングセンターより多種多様なサイネージが設置されている。

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吹き抜けには巨大なサイネージが設置されているが、ここでは、館内の至るところに設置されたカメラでモニタリングした顧客の属性や館内の混雑状況などを表示している。恐らく、ここで表現されているのはデータのごく一部で、裏側ではもっと多様な顧客分析がされているのだろう。

また、タオバオ会員であれば、彼女・彼氏・家族のために、このサイネージで使って誕生日のお祝い動画を配信できるとのこと。そして、その配信タイミングも、館内のセンサーで顧客の位置を識別して、映像が自動的に流れ出すということだが、果たして本当だろうか?

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[画像出典]阿里巴巴亲橙里商城观察日记和思考

下記は、Web広告のように顧客一人一人の嗜好・特徴、はたまた消費行動まで分析して、その人にパーソナライズされた最適な情報を流すことができるとのこと。

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今では珍しくないが、人の顔を認識し、ARで加工した写真を取れるサイネージ。日本でも時々見かけるが、亲橙里には大量の機械が設置されている。 

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スマホを活用したプロモーション

オープニングでは、一般の商業施設でもよく見られる買上金額に応じたプレゼント企画、ステージでの大道芸イベント、アニメコスプレのイベントなど、様々な催しがおこなわれていたが、アリババならではのスマホを使った販促も実施されていた。

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4月28日〜5月1日の3日間限定で、館内に貼られた亲橙里のロゴをタオバオのアプリでスキャンすると、TMALL(天猫)のキャラクターである黒猫が出現。それを捕まえると紅包(ホンバオ)が貰えるというもの。

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日本の方ならこの画面を見ると「Pokemon GO」をイメージされるかと思うが、これはアリババが大きなイベント・プロモーションを実施する際に活用している位置連動のARゲーム。昨年の独身の日にも活用されていた。詳しくは下記を参照いただきたい。

アリババのものではなくなった独身の日 - ONE HUNDREDTH

その他、スマホ上でパスワード入力すると抽選で紅包が貰える企画なども実施されていた。 

 

4. 亲橙里は有力な商業施設になれるか?

それなりに見どころの詰まった亲橙里だが、ショッピングセンター全体としての評価はどうだろうか?

正直、まだまだ課題は多いと思う。

ショッピングセンターの最大の価値である商品・サービスの面では、物足りないと言わざるを得ない。恐らく日本人がここを見に来た時、欲しいと思う「モノ」は殆どないだろう。中国で人気のある有力ブランド・テナントも入っていない。現在のところ、この亲橙里が杭州市内の「杭州大厦」や「万象城」などの有力施設を、売上という表面的な形で脅かすことはないだろう。

また、アリババならではのテクノロジーの活用も、商品・サービスの不足分を補うほど素晴らしい顧客体験を提供できているかと言えば、現状は否だ。

だが、これで「亲橙里はダメ」「アリババでもやっぱり実店舗は難しいのか」と判断するのは時期尚早である。

冒頭で記載したように、彼らは既に傘下の銀泰や提携する百聯など、実店舗のノウハウを持った企業のリソースを活用できる状態にある。また、TMALL(天猫)・タオバオでは、国内外の有力ブランドとの関係も構築できている。中国で圧倒的な影響力を持つ彼らが本気になれば、協力するテナント・ブランドはいくらでもあるだろう。敢えて、そこまではしていないとしか思えない。

この店のターゲットは、あくまでアリババの従業員や近隣の住民である。杭州中心部に住む購買力の高い富裕層に、わざわざ来店してもらおうとは思っていない。「食」を中心にした近隣の顧客ニーズを叶えられたら十分なのである。

また一方では、"アリババのショールーム" としての位置付けもあるだろう。アリババを訪問したクライアント・取引先・関係者に、隣にある亲橙里を見てもらい、彼らの考え・コンセプトを実感してもらうには絶好のモデル店舗である。

亲橙里は、あくまでアリババの壮大な実験場なのだ。

亲橙里を使って彼らが考える新小売の様々な取り組みをスピーディーに実験し、そこで得られた顧客の反応をデータ化し、分析&検証する。この流れを繰り返し繰り返し実行していくことで、従来の実店舗型小売業が何十年かけても得られなかったノウハウを、彼らは高速で獲得しようとしている。そして、そのノウハウを買収した実店舗小売に注入していき、商品・サービスも優れ、且つ、従来とは全く新しい体験が得られる革新的な小売業を作ろうとしているのではないか。

アリババが考える新小売の完成形ができた時、従来型の実店舗小売業がそれに対抗しようと思っても時既に遅しである。その差は、もう埋めることの出来ない開きになっているはずだ。

地下鉄もスマホ決済で完全なキャッシュレス社会へ

上海の地下鉄でスマホ決済がスタート

2018年1月20日から、上海の地下鉄でスマホ(モバイル)決済がスタートした。数ヶ月前から浦東空港を行き来するリニアモーターカー等で実験されていたのだが、今回で全面解禁となる。

ご存知のように、中国の都市部では、ほぼ現金を使わないで生活できるキャッシュレス社会になっているが、これまでは地下鉄やバス・タクシーに乗る際に使用する「交通カード」だけは必ず携帯する必要があった。

参考までに上海の地下鉄の基本情報を伝えておくと、上海の地下鉄には定期というものが存在しない。基本的に切符を買うか、下記画像の交通カードを使うか。交通カードは最初に20元のデポジットを支払って購入し、以降は都度チャージしながら使用するプリペイド方式。

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料金は初乗りが3元(約50円)、以降は10kmごとに1元が加算される。最初の1号線ができたのが1994年とのことだが、現時点で14路線が市内を走っている。実に僅か20数年で東京の13路線を抜き去り、今現在も次々に新しい路線が開発されている。

上海で生活する人にとって、スマホとこの交通カードが生活に欠かせないアイテムだったわけだが、使用頻度の高い地下鉄がスマホ決済に対応したことによって、本当に現金を持たずに生活できる環境が整ったことになる。

 

スマホ決済の使い方

①専用アプリのダウンロード&設定

まずは、上海申通地铁集团有限公司が提供する「Metro大都会」のアプリをダウンロードする。日本のAppStoreからでもダウンロード可能だ。

https://itunes.apple.com/jp/app/metro%E5%A4%A7%E9%83%BD%E4%BC%9A/id1202750238

アプリを立ち上げ、中国サービスの一般的なID登録方法である携帯番号・パスワードを設定して先へ。支払い方法は、Alipay(支付宝)か銀聯(≒銀行カード)の2種類が選べるので、どちらかを選択し、個人認証をおこなえば完了。

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Alipayが使えるのになぜWeChatが使えないのかというと、上海申通地铁集团有限公司とアリババが戦略的業務提携を締結したことによる。今回のシステム導入にも、かなりアリババの協力があった模様。今後は音声認識システムによる切符購入や、顔認証システムによる改札通過など、アリババの最新技術が上海の地下鉄にどんどん導入されていくことになるだろう。

②専用改札へ進む

駅の改札に行くと、「刷码过闸」と書かれたレーンがあるので、そこを選んで進む。それ以外の改札はまだスマホ決済には対応していない。

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QRコードをかざして入場

「Metro大都会」のアプリを立ち上げ、QRコードを読み取り機から5cmほど離した場所でかざすと、機械が認識して進むことができる。

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QRコードをかざして退場

出る時も同じ手順。スマホ決済に対応した改札を選んでアプリのQRコードをかざすと、乗車料金がアプリに紐づけた決済方法から即座に引かれる。

 

上記の手順としては非常に簡単だ。ただ、まだ慣れていない客が多いのか、QRコードを読み取り機に近づけ過ぎてなかなか反応しなかったり、アプリの設定が完了しないまま改札を通ろうとしたり、改札で手こずっている客も散見される。

日本人からすると、QRコードに違和感を覚える人も多いだろう。日本のようにNFCを使ったシステムであればスマホ自体をかざすだけで、わざわざアプリを立ち上げる必要もない。読み取りの反応も早いし。精度も高いだろう。ただし、そこはQRコードに慣れきった中国。NFC等、専用のハード・機能が備わった一部のスマホしか対応できない仕様ではなく、どのスマホでも対応可能なQRコードがここでも採用されている。

 

外国人の対応はこれから

最初この情報を聞いた時に、「これからは交通カードも不要になる!」と筆者も期待していたのだが、実は外国人にはまだ対応していない。

上記使い方の手順①のアプリ設定時に個人認証をおこなうが、この時に中国人が保有する身分証が必要なのだ。外国人にとっての身分証であるパスポートにはまだ対応していない。現地メディアによると、外国人には2018年度中の対応を予定しているとのこと。

前回、「【マーケター向け】中国視察の前に準備しておくべきこと」内で外国人出張者&旅行者に立ちふさがる中国の壁として、(1) グレートファイヤーウォール (2) アカウント登録に必要な中国携帯 (3) 中国の銀行口座 の3つを挙げたが、中国の様々なサービスに見られる4つ目の壁が、この身分証だ。

今回の地下鉄もそうであるし、以前紹介した傘のシェアリングサービス「摩傘」をはじめ、中国人が持つ身分証がなければ(=中国人でなければ)使用できないサービスは、しばしば存在する。

凄まじいスピードで新しいサービスが生まれている中国であるが、一方では中国人しか使えない、中国に住む人しか使えない、というガラパゴス化したものになっているというのも中国産サービスの特徴である。

 

※2018年5月9日更新

「Metro大都会」は、2018年4月の1.8.8のアップデートから外国人も登録・利用できるようになった。

また、2018年3月末からは「Apple Pay」が上海の地下鉄に対応。Apple Payに中国の銀行カードと上海交通カードを紐づければ、「Metro大都会」のようにアプリを立ち上げてQRコードを読み込ませる必要もなく、iPhoneをかざすだけで乗車できるようになった。

【マーケター向け】中国視察の前に準備しておくべきこと

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世界を代表するモバイル先進国になった中国。「シリコンバレーの次は中国だ」と、中国へ視察に来る日本のマーケターが増えている。

  • スマホ決済を使ってキャッシュレス社会を体験してみたい
  • 話題のシェアバイクに乗ってみたい
  • 無人店舗を見てみたい
  • 顔認証システムを試したい

等々、凄まじいスピードで生み出される中国発のサービスに興味を持っている人は多いはずだ。

しかし、事前準備がないままに中国へ来ても、多くのサービスは自分自身で体験することができない。 基本的に中国の多くのサービスは、まだまだ「中国人のため」「中国に住む人のため」に設計されているので、外国人の出張者・旅行者がそのサービスを教授することは難しい。せっかく中国まで来たのに、使っている人を見るだけ、コーディネーターに教えてもらうだけで終わってしまう。

そんな方々の為に、今回は中国へ視察に来る前に準備しておくべきことをまとめてみたい。視察目的でなくても、短期出張で中国に来る人にも参考になると思うので是非確認いただきたい。

以下に日本人マーケターに立ちふさがる中国の壁を挙げていく。

 

壁① グレートファイヤーウォール

ご存知のように、中国は「グレートファイヤーウォール」のもと、インターネットの世界ではことごとく外資を閉め出している。VPNを使わなければ、日本で一般的に使っている殆どのサービスは中国で利用できない(注)。

(注)日本のスマホでも、現地でローミングするならば利用可能

これまでも中国でGoogleが使えないことは有名だったが、2017年9月には、現地日本人の多くが使っていたYahoo!の検索サービスが急に使用できなくなり、日本人の間で話題になった。2017年に施行された「インターネット安全法」の絡みとか、10月に実施された共産党の党大会(19大)を控えての言論統制とか、色々な噂が囁かれた。

グレートファイヤーウォールは中国製のサービスを利用するには問題ないのだが、日本人マーケターが中国に来てからアプリの使用方法を調べたり、中国から日本の会社・友人と連絡を取り合おうと思っているなら、対応は必須である。

そもそも、AndroidユーザーならGoogle Playにもアクセスできないので、中国ではVPNがなければアプリの追加もできない。

 

【参考】VPNが無ければ中国では使えないサービスの一例(※筆者確認分)

 

上記以外にも、SNSアカウントでログインするようなサービスもVPNが無ければ使えないし、一般的なWEBサイトを見るだけでも、サイトにSNSのシェアボタンが貼り付いていたりすると見辛かったりする。自身のこのはてなブログVPNが無いと開きづらいのが実情である。

 

まとめ:VPN付きモバイルルーターの携帯は必須

 

壁② アカウント登録に必要な中国携帯

もはやスマホ無しでは生活できない中国にとって、スマホ・携帯電話はほぼ身分証の代わりになっている。銀行口座を作るにも携帯電話番号が必要だ。

その為か、何か新しいサービスを使おうと思うと、まず携帯電話番号を入力させられることが多い。日本や欧米のサービスだと、メールアドレスやSNSアカウントがIDになることが多いが、中国のサービスは異なる。携帯電話番号がIDになっていることが多い。

電話番号を入力すると、確認の為にSMS(ショートメッセージ)で承認番号が飛んでくるので、その承認番号を入力すればID登録が完了するという流れだ。

下記は、私が中国に来てから登録したサービスの一部だが、いずれもID登録は同じ仕様になっている。

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携帯番号の入力が必要なID登録画面

ここで国番号を選んで、日本の携帯電話番号で登録できたら何の問題もないのだが、サービスによっては中国の携帯番号にしか対応していないものがある。いや、むしろ中国携帯にしか対応していないサービスの方が多い。

かつては、外国人でも街の露天商等で簡単にスマホ・携帯(※中国はハードとキャリアを別々に購入・契約する事が多いが、ここではキャリアの意)を購入できたらしいが、今は身分証としての役割が大きくなっているので、スマホ購入にはパスポートの登録が必須になっている。言葉の問題もある上、時間も掛かるので、短期の出張者・旅行者がこの為だけに中国携帯に加入するのはかなり面倒である。

そうなると、出張者・旅行者にとって代替手段はなく、海外の携帯電話にも対応しているサービスしか利用できないのが現実だ。

 

【参考】海外携帯への対応状況(※2017年12月時点での筆者確認分)

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主要サービスの海外携帯対応状況(※筆者作成)

 

【参考】WiFi使用にも中国携帯必須の場合あり

壁①でVPN付きモバイルルーターを必須アイテムに挙げたが、「ネットワークさえあればVPNはなくても良い、中国はどこでもWiFiが整備されているのでしょ?」という方もいるかもしれない。 たしかに様々な商業施設・飲食店等でWiFiは完備されているのだが、このWiFiを利用する為にも、ID登録で中国携帯番号が必須になっているところも多いので要注意である。

 

【参考】中国App Storeからもダウンロード必要な場合あり

上記サービスのうち、海外携帯にも対応したサービスは大抵日本のApp Store(※Google Playは未確認)からダウンロード可能だが、一部、中国のApp Storeでないとダウンロードできないものも存在する。詳細の方法は割愛するが、Apple IDの「国または地域」を変更して、事前に準備いただきたい。

【iPhone・iPad】日本に無い海外のアプリをダウンロードする方法 | あびこさん@がんばらない

 

まとめ:日本のスマホでも登録可能なサービスか事前に確認しておく

 

壁③ 中国の銀行口座

中国視察において、恐らく最もニーズが高いのがスマホ・モバイル決済ではないだろうか?3つ目は、この決済に関する壁である。

Alipay(支付宝)」或いは「WeChat-pay」を使って世界最先端のキャッシュレス社会を体験したいと思っている人は多いはずだ。しかし、日本人がAlipayとWeChatのアプリをダウンロードして中国にやってきても、そのまま支払いに使うことはできない。

また、Alipay・WeChat-Payが使えないという事はそれ自体の問題に留まらず、Alipay・WeChat-Payはオンライン上で支払いが発生する様々な有料サービスの決済プラットフォームになっているので、ベースとなるAlipay・WeChat-Payが使えないと、その他多くのサービスも利用できないということに陥ってしまう。

以前『中国でモバイル決済が普及した本当の理由』で記したように、中国のスマホ(モバイル)決済の特徴は、日本のスマホ決済のように、クレジットカードの清算プラットフォーム上で稼働していないということだ。日本のように、例えば店頭ではOrigamiを使って支払いするが、請求は自分がアプリに紐づけた◯◯カードから来るというような仕組みではない。アリババやテンセントが自ら消費者・小売・銀行と繋がって金の出し入れをおこない、消費者の「支払い」から「清算」までを一体運営している。

日本のスマホ(モバイル)決済と同じような感覚で、Alipay・WeChat-Payに日本人が普段使っているクレジットカード(VISA、Master、Amex、JCB等)を紐付けようとしても、今のところ中国での支払いには使えない。Alipay・WeChat-Payで支払いをおこなうには、原則、中国の銀行口座が必要になる。

では、出張者も中国の銀行口座を作れば良いじゃないかということになるが、現状、外国人にとって中国での銀行口座開設は非常に難しくなっている。

経済成長と共に中国では、他人名義の口座を利用した金融犯罪やマネーローンダリングに絡む事件が増加したり、スマホ(モバイル)決済の普及によって資金の流れが不透明になったことなどを背景に、2016〜2017年に掛けて、個人口座の開設等に関わる規制が大幅に強化された。

結果、外国人の口座開設・口座保有に関わる銀行手続きも厳格化され、口座開設申込時には、パスポートの他に中国に住所があることを示す「居留許可証」、連絡先となる「携帯電話番号」が必要となった。つまり、中国内に登記住所のない短期出張者・旅行者は、原則、口座開設ができなくなった(注)。

https://www.ncbank.co.jp/hojin/asia_information/chuzaiin_news/pdf_files/shanghai_201707.pdf

(注)地域や銀行(或いは担当者)によって、ルールの遵守レベルが異なるらしく、居留許可証がなくても口座開設できたという声もあり。私が2017年3月に上海の「中国銀行」で開設した際は、居留許可証・携帯電話番号の両方が必要であった。

いずれにせよ、出張者には言葉の問題・時間の問題もあり、携帯電話同様にわざわざ中国の銀行口座を開設することが難しいことには変わりない。

 

では、出張者は、中国のスマホ決済を全く使用することができないのか?

Alipay・WeChat-Payの使い方には、①中国の銀行カードとアプリを紐付け、登録した銀行カードの口座から即座に引き落とす、②プリペイドカードのようにアプリ内に事前にチャージ(友人からお金を受け取る or 自分の銀行口座からお金を移す)した金額から支払う、この2通りがある。

このうち、②の方法で、既にAlipay・WeChat-Payを使っている友人から送金してもらうなどして、事前にAlipay、WeChatに事前にお金をプールしておけば、その範囲内では決済が可能である。プリペイド方式で使用するということである。

この方法なら、日本からの出張者でもスマホ決済を使用することが可能だ。それぞれの手順は下記の通り。

 

WeChatの場合

 (1) ウォレットを有効にする

まず最初の作業は、WeChatに「WeChat-Pay」の機能を出現させることである。日本でダウンロードしたWeChatには、WeChat-Payのメニューが存在していない。正確には存在しないのではなく、メニューが隠されている。

有効にする方法は一つ。既にWeChat-Payを使っている友人からお金を送ってもらうのである。この時は1元でもいくらでも良い。送金されたメッセージをタップして確認ボタンを押すと、お金の受け取りが可能である。

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お金を受け取ると、WeChatの初期時点の画面にはなかった「ウォレット」のメニューが出現する。これでまずWeChat-Payが使える環境が整った。

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 (2) 本人認証

次が本人認証である。上記画面の「ウォレット」を選択、遷移後のウォレットのメイン画面(下記左の画面)で右上の「•••」をタップ、「支払い管理」を選択して、アカウントの登録画面(下記右の画面)へ。

「実名認証」を選択して、本人のID確認をおこなう。クレジットカードもしくはパスポートでの確認が選択できる。クレジットカードの場合は、日本で使っている普通のクレジットカードを登録すれば良い(※一部対応していないカードあり)。

ここでのクレジットカードの登録はあくまで本人確認の為のもの。そのクレジットカードを使って、WeChatで支払いをすることは現状できない。

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あとは、パスワード6桁の登録等をするだけである。 

 

※2018年1月22日追記:WeChatの仕様が変わったようで、先に本人認証が終わっていないと友人からのお金の受け取りもできない模様。

送金受け取り時に下記画面が表示されたら「添加銀行卡」を選んで、入力画面で日本で使用しているクレジットカードの番号を入力(「銀行卡」と書かれているが、一般のクレジットカードで登録可能である)。これで本人認証が完了するので、(1)のお金の受け取りが可能になり、次は(3)へ。

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 (3) お金のチャージ

最後が、自身のWeChat-Pay(=ウォレット)へのお金をチャージだ。中国の銀行口座を持たない日本人がチャージする方法には、現状下記2つがある。

①友人から送金してもらう
先のWeChat-Payを有効にした時と同様に、友人に送金してもらう方法だ。これは中国に入ってからでも良いので、現金を友人に渡して、その金額分をそのまま送金してもらえば良い。送金手数料は掛からないので、中国に友人がいない人でも、コーディネーターや通訳・運転手、場合によってはホテルのスタッフに頼んでもやってくれるかもしれない。

②「ポケットチェンジ」を使ってチャージ

もう一つは、2016年に登場したサービス「ポケットチェンジ」を使用する方法だ。もともとポケットチェンジは、海外旅行で余った外貨を電子マネーや各種ギフト券に交換できるサービスだが、この交換先にWeChat-Payが選択できるようになっている。これを使えば、日本円から直接、元建てのWeChat-Payにチャージすることが可能である。

設置場所も徐々に増えており、空港だと羽田空港国際線ターミナル関西国際空港、千歳空港など、街中では東京だと歌舞伎町、大阪だと大丸心斎橋店にも設置されているようなので、詳しくは下記オフィシャルサイトで確認いただきたい。

 

 (4) WeChat-Payを使って支払い

これで準備は整った。後は、街中至るところで使用可能なWeChat-Payを使うだけ。WeChat-Payでの支払い方法については、既に様々なサイトで紹介されているので、ここでは割愛させていただく。 

 

Alipayの場合

Alipayも基本的に登録方法は同じである。但し、WeChatとは異なる点がいくつかある。

  • WeChatのようにメニューが隠されていることはないので、(1)の作業は不要。
  • 本人認証の方法はパスポートのみ。
  • 「ポケットチェンジ」は今のところ(2017年12月)Alipayには対応していないので、チャージ方法は、既にAlipayを使っている友人から送金してもらうしかない。※AlipayにもWeChat同様に友人とのコミュニケーション機能があるので、それを使って送金してもらう。

友人とお金をやり取りするには、たしかに「コミュニケーション」をベースとしてスタートしたWeChatの方がスムーズだが、実際の肌感覚としては、Alipayを使って支払いをしている中国人の方が多いように感じる。

 

まとめ:Alipay・WeChatは友人他から送金してもらえば使用可能

 

※2019年1月24日追記

この方式でも現在使用できなくなっています。下記エントリーの上段部をご覧ください。


(参考)Alipay・WeChat-Payがなくても支払いできるサービス

前述の通り、中国の有料オンラインサービスの殆どは、AlipayかWeChat-Payでないと支払いができないのだが、たまに日本人が使っている一般的なクレジットカードでも支払いができるサービスがある。

壁②で記載した海外携帯にも対応したサービスの中で言えば、日本にも進出済みの「Mobike」、タクシーの配車アプリ「DiDi」は、クレジットカードで支払いできるようになっている。つまり、中国の携帯電話も、中国の銀行口座も持たず、Alipay・WeChat-Payの準備をしていない出張者であっても、MobikeとDiDiなら使用することが可能ということである。

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結論

①〜③まで3つの壁を挙げたが、実は日本人(外国人)が中国のサービスを使う時に立ちふさがる壁にはもう一つある。

それは「身分証明証」だ。サービスのID登録の際、外国人にとっての身分証明証である「パスポート」や「クレジットカード」を認めず、中国人が保有している「身分証明証」しか認めていないサービスがいくつかある。詳細は割愛するが、こういうサービスだと、外国人にはどうやっても使用できないということになる。

 

いずれにせよ、最後にもう一度まとめると、

VPN付きモバイルルーターをレンタルして、

②海外の携帯でも登録可能なサービスを事前に確認し、

③友人他から送金してもらってAlipay・WeChatにチャージしておく

これらの準備をしておけば、主要な中国のサービスは自分自身で体験することができる。

 「Alipay」「WeChat」のスマホ(モバイル)決済を使って世界一のキャッシュレス社会を体験し、「Mobike」に乗って街中を観光してまわり、アリババが出資して話題のスーパー「盒馬鮮生」で買い物して、帰りは「DiDi」でタクシーを配車してホテルに帰る、こんな視察ツアーが体験できるはずである。

アリババのものではなくなった独身の日

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11月11日、中国では「双11(シュワンシーイー)」と呼ばれる2017年の「独身の日」が終わった。今年はアリババが運営する天猫(Tmall)・淘宝(Taobao)の取扱高は、過去最高の1682億元(約2兆8594億円)になったようだ。楽天全体の取扱額が3兆円であることを考えると、たった1日で凄まじい売上だ。

日本でも今年からYahoo!やイオンなどが中国の独身の日を倣ったキャンペーンを始めたようだが、その盛り上がり感は全く異なる。

このニュースは日本の多くのメディアでも報道され、その額の大きさに対する驚きと共に、アリババの凄さの裏返しとして、旧来型の実店舗小売の厳しさが象徴的に描かれている。

しかし、上海に来て8ヶ月、現地で初めて独身の日を体験した感想は少し違った。今回はこのことを綴ってみたいと思う。

 

アリババの独身の日

アリババが2009年にスタートさせた独身の日のキャンペーン。独り身を意味する「1」が4つ並ぶ日、昔はコンパを行うのが主流だったらしいが、2009年、アリババはその日に「恋人のいない人はネットで買い物をしよう」と初めてSALEを行った。最初の年の売上は、わずか0.5億元(現在のレートで約8.5億円)。"わずか" と書いたが、実際のところ、0.5億元でも凄い数字だ。

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アリババの独身の日の売上推移(※公表数値をもとに筆者作成)

しかし、そこから9年、中国経済の発展、インターネット・SNSの普及、第三者決済の活用、物流網の発達など様々な外部要因も重なって、2017年の売上は1年目の3300倍以上の1682億元に成長。中国、いや世界を代表する一大プロモーションに進化した。

このアリババの取り組みについて、個人的に気になったポイントを紹介したいと思う。

 

①圧倒的な露出

まず驚いたのは、圧倒的な露出である。10月中頃から、街中の至るところで双11の広告を目にした。 地下鉄各駅の主要な広告枠は、ほぼアリババに押さえられていた。たまに強豪のECプラットフォーマーである「京東(ジンドン)」の広告も目にしたが、その量は比べ物にならない。 広告フォーマットを見ると、出店企業からタイアップを取っていると思われるが、この1ヶ月ほどのアリババ全体の出稿量は想像を絶する金額だったに違いない。

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駅構内をジャックしたアリババの広告

また前日の11月10日には、アリババCEOのジャック・マー(馬雲)が出演する映画『功守道』が放映された。日本でもお馴染みのジェット・リーが総監督を担当し、サモ・ハン・キンポー朝青龍まで登場する力の入れようだ。

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ジャック・マーが出演する「功守道」の広告

極め付けが、直前の10日の晩に開催されたイベント。毎年豪華ゲストを招いて実施されるイベントに、今年はファレル・ウィリアムスニコール・キッドマンマリア・シャラポワらが招待され、その模様は地上波のTVで生中継された。このTV番組以外にも天猫上では、中国で人気のタレントらが出演するライブ番組が同時に数本配信されていた。

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10日夜にTVでも放映されたイベントの様子

 

②魅力的な価格

何と言っても顧客を引き込む最大の要因である価格。実は5割引を超えるような値段で販売する店は僅かで、大半の店が1〜2割引という情報も事前に耳にしていたが、実際どんな価格設定になっているのか、自分でも買い物してみた。

adidas で人気の「stan smith」だが、中国での定価は899元(約15,200円)。これを天猫内で探していると、最安値はadidasの直営だったが、いざ購入しようとするとすぐ売り切れに。仕方なく別の店を選択。558元だが、ここから店が提供しているクーポンを使用すると、538元(約9,150円)約40%OFFの価格になった。

もう一つ、当日、実店舗を視察してまわった時に気になった商品。「SUPERDRY」というブランドのもので、実店舗では定価通りの1099元(約18,700円)。定価であれば買うつもりはなかったが、これを天猫でチェックすると879元。そこからブランドのクーポン、さらに天猫のクーポンを使用することができ、最終的には719元(12,200円)約35%OFFの価格に。

まさに実店舗がECのショールームとなる「ショールーミング」の行動となった。

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双11時の全商品のデータを持ち合わせている訳ではないので実際の値引き状況は分からないが、少なくとも私が出会った商品に限れば、確かに魅力的な価格であった。

 

③リアルとの連携

アリババが「新小売」の構想を発表し、最近力を入れている実店舗との連動も強化された。過去にこのブログでも触れたスーパーの「盒馬鮮生」や「口碑」を使ったO2Oも彼らの新小売構想の一環だが、双11には、日本人が見覚えのあるゲーム(!?)が導入された。

これまでもアリババの特別なイベント時には活用されていたそうだが、位置情報と連動させて、街中でゲームを起動すると天猫のキャラクターである黒猫が出現。

黒猫を捕まえると飲食店や物販店などで使えるクーポンを入手できるというものである。クーポンの内容は、例えばスターバックスではラテが貰えたり、KFCではチキン、アパレルブランドでは値引券といった形だ。手に入れたクーポンをフックにして、そのブランドの実店舗へ誘導するO2O(Online to Offline)の取り組みである。

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クーポン等がもらえるO2Oゲームの画面

また、新小売構想でパートナー企業になっている百聯グループの「八百伴」百貨店をはじめとするいくつかのスポットでは、このゲームを使って紅包(お年玉のようなもの)が配布された。

店の前で、限られた時間しか出現しない黄金の猫を捕まえると100元、常時出現する「百聯猫」を捕まえると100元以上の買い上げで20元引きになる券が貰えるというもの。この紅包を求めて八百伴の前には多くの人が集まり、一時期、日本各地でポケモン出現スポットに夜な夜な人が集まっていたのと同じような光景が見られた。

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紅包を獲得する為に八百伴の店の前でゲームをする人たち

 

アリババ以外の独身の日

ここまではアリババの圧倒的なパワーに触れてきたが、中国ではこの双11=独身の日をアリババだけのものにするのではなく、EC含む小売業全体にこのキャンペーンを取り入れる動きが広がっている。

 

京東の取り組み

アリババに次ぐ業界2位で、中国のEC市場の約1/4を占める「京東(ジンドン)」。彼らもアリババを倣って、2012年から双11の取り組みをスタートしている。

今年の京東の売上は、11月1日〜11日の合計で1271億元(約2兆1600億円)に達したようだ。単日の売上ではないにせよ、ECのトップ2社で合計約5兆円とは信じられない規模である。

彼らの強みである電化製品や自社販売商品の打ち出しを強化したり、アリババは配送が遅いという弱点を突いて即日配送を訴求するなど、差別化を図っている。今年は、騰訊(テンセント)、百度バイドゥ)、網易(ワンイー)など中国の大手メディアからの送客も強化された。

 

実店舗の取り組み 

ネット上の盛り上がりを取り込もうと、実店舗でも双11の取り組みが多く見られた。

大半の店は買上金額に応じて買物券をプレゼントしたり、値引きをしたり、ハウスカードのポイントの付与率を上げたり、何らかの経済特典を用意して実店舗でもお得に買い物ができることを訴求するものである。

もちろん、ラグジュアリーブランドでは実施されていなかったし、賃貸借型のビジネスモデルであるショッピングセンターではブランド/テナント個別の取り組みレベルであり、館全体で取り組んでいるのは百貨店が中心であった。

特に経済特典が魅力的だったのは、前述の八百伴。600元以上の買い物で360元の買物券をプレゼントするというもの。率にすると、360 ÷(600+360)= 37%であり、決してアリババや京東に劣らない特典だ。

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また、百貨店・ショッピングセンター内のブランド単位では、実店舗の販売価格がECと同じ価格であることを謳って、実店舗での買い上げを促進する動きも見られた。

下記写真は今年のアリババの双11で総合6位の売上になったユニクロの店舗だが、入口のショーウィンドーにはECと同価格であることが訴求されていた。

ユニクロは他にも、ECで購入した商品を実店舗で受け取れるようにし、その場合はさらに10元値引きするキャンペーンも実施。商品交換・返品にも応じるとして、EC⇄実店舗の垣根を取り払ったオムニチャネル型の双11が展開された。

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ECと同じ価格であることを謳ったUNIQLOの店舗

 

アリババだけのものではなくなった独身の日

双11に取り組む企業が増える一方で、このような実店舗の取り組みを冷ややかに評価するメディアも散見される。いくら実店舗がアリババ・ECに対抗しようと頑張ったところで、ECの勢いには叶わないというものだ。

※上記は2016年の記事

確かに経済特典頼みのプロモーションは通常時の買い控えを生む恐れがあるし、コストの負担も大きい。ECと同じ価格と言っても、アリババ・京東ともに商品によっては適用できるクーポンを使えば、実店舗より安くなる可能性はある。

しかし、今回上海のいくつのか商業施設を見てまわって、各施設・ブランドの集客・買上状況や、そこにいる顧客を観察していると、とてもそんな風には思えなかった。

今年の独身の日が土曜日だったことも大きいと思うが、双11にしっかり取り組んでいる実店舗は客で賑わい、レジには列ができ、その場は明らかに「買い物しよう!」という空気感に満ち溢れていた。事実、私が勤める店も好成績を納めることができた。

また、まわりの中国人からは、期間限定のクーポンや予約購買など販売方法が複雑になりすぎて分かりづらいといった声や、配送に時間が掛かるから実店舗で買うなど、ECに対する不満の声も聞かれた。独身の日はアリババが主役であることには間違いないが、決してアリババだけのものではなくなってきているのが実情だ。

 

小売にとっての独身の日

独身の日を理解する上で、中国の小売の状況についても触れておきたい。"中国" と書いてしまったが、私が知っているのは上海だけで、上海と他の都市では環境が大きく異なるらしいので、以下は上海に限った話として理解いただきたい。

 

中国の小売が置かれた状況

 

◆急激に進む小売の進化

中国人は買い物好きだ。これは間違いない。

80〜90年代にパリのラグジュアリーブランドに日本人が行列して買い物していた光景が今は中国人に取って代わっている、というのはよく聞く話だ。では、今の中国が日本の30〜40年前と同じかと聞かれると、それは大きく異なる。

こちらに来て感じることは、日本の小売が30〜40年間ほどかけて経験してきたことが、中国では僅か10年ほどの驚異的なスピードで進行しているのではないかということだ。

80年代に専門性や価格を武器に登場した「カテゴリーキラー」、90年代以降に急速に増加したアウトレット含む「ショッピングセンター」、そして00年代以降の「EC」等、日本の小売には10年おきに大きな変化が起きてきたが、中国ではこれらが一気に起きているという印象を受ける。

街には六本木や表参道にあってもおかしくないお洒落な商業施設やショップがあるかと思えば、ここは戦後かと目を疑いたくなるような光景も街中に残っている。発展スピードが早すぎる為に嗜好の振り幅、感度の振り幅も大きい上に、貧富の格差も日本とは比較にならないほど激しい。中国は「平均」という物差しで測ってしまうと危険なマーケットだ。

 

◆EC化率は15%

下記は中国の全小売の売上を実店舗とオンライン(=EC)に分けて集計したものだ。2016年の市場は約33兆元(約561兆円)、オンライン売上は5.1兆元(約87兆円)でその割合は15%を超える。この僅か数年の間にEC化率は急速に高まり、日本の7%、アメリカの11%と言われる数字を一気に抜き去り、世界で有数のEC先進国になった。

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中国の全小売売上の推移(※国家統計局のデータ等を元に筆者作成)

 

◆鈍化する成長率と供給過剰

しかし、これを成長率ベースで見ると、その伸びは明らかに鈍化してきている。依然ECの成長率は+30%以上と高いことには違いないが、勢いは落ちてきている。

小売業全体の成長率も右肩下がりで、いよいよ+10%を切る値に近づいている。大都市だけでなく、地方でもますます中間層が増加することによって消費の拡大が期待される一方、成熟化に至るスピードも早い為に消費全体の成長も鈍ってきているのである。

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EC・実店舗・全体 それぞれの成長率の推移(※国家統計局のデータ等を元に筆者作成)

ちなみに、商業施設の開発スピードも凄まじい。上海では、2016年に29箇所・約200万平米の商業施設が開発された。日本の主要10都市にある百貨店の合計面積が約290万平米なので、上海一都市のたった一年で、日本の主要百貨店の2/3に当たる面積が開発されたことになる。小売全体の成長が鈍化してきているにも関わらず、実店舗の供給過剰も凄いスピードで進行している

 

◆モノからコトへの移行

日本では「消費のモノからコトへの移行」と言われているが、この動きはここ中国も同じだ。

両親と同居、或いは近所に住んでいることが多い上海人は、その6つの財布(父方の両親+母方の両親+父母)をフルに活用して、子供(孫)への投資(教育)に熱心だ。

郊外のショッピングセンターには、英語やダンスを教育する施設や、家族で楽しめる体験要素の詰まったエンターテインメント施設が入居し、週末には家族連れで賑わっている。また、ジムも街中至るところに出来ており、若者中心に健康志向が広がってきている。お金の使い道が、モノからコトに急速に移行している。

 

独身の日から若干話が逸れてしまったが、言いたいことは、中国の小売の成熟化は急速に進んでおり、買い物好きの中国人に対しても、「モノを売る」という行為がどんどん難しくなっているということである。

 

一つの歳時記になった独身の日

最後に繰り返しになるが、この独身の日は中国の "小売業における最大のお祭り" に成長したのだと思う。

小売業の人間が販売計画を作る際に最も重要視するのは「歳時記」である。 歳時記とは企業によって呼び方は様々だが、例えば、母の日や父の日、バレンタイン、クリスマスなどのことを指す。お中元・お歳暮も歳時記の一つだ。

"世の中ごと" としてプレゼント等を贈るという既に生活者の中で認識されているモチベーションに対して、自分たちの店が選ばれるように、各社独自のイベントを企画して話題性を創出したり、値引きや景品などの経済特典を付与したり、少しでも沢山の人に買ってもらえるように努力する。

なぜ歳時記を重視するかと言えば、理由はシンプル。既に「モノを買う」というモチベーションが存在しているマーケットなので、そこにアプローチするのが最も効率が良いからである。裏を返すと、このモノ余りの時代に「モノを買いたい」というモチベーション自体を作りだすということは非常に難しく、一企業が頑張ったところで反応してもらえる顧客(既存・新規)はわずかである。

そういう意味で、独身の日は既に中国人の中に「買い物したい」というモチベーションが出来あがっているマーケットだ。そして、そのモチベーションは、アリババの範疇も、ECの範疇も超える大きなものに成長している。もはや独身の日はアリババのものではなくなっているのだ。

ここまでこのマーケットを育てたのは間違いなくアリババであり、アリババの功績である。中国の小売業なら、このマーケットに乗っからない手はない。

 

※記事内の円表記はすべて1元=17円で計算

中国で無人レジは広がるのか?

かなり日があいてしまったが、前回の中国のモバイル決済に関するエントリーは多くの方に読んでいただいた。日本でもこの分野に関する関心が非常に高いことを痛感。また、ブログを始めたばかりの自分の文章が、多くの方に見てもらえる「喜び」を感じると共に、「発信することの責任」を感じる良い経験となった。そして、この個人ブログがハンズラボ(株)のブログに転載されることになり、より多くの方の目に触れることになった。機会をいただいた代表の長谷川秀樹さんには、この場を借りて御礼申し上げたい。

 

コンビニでセルフ会計がスタート

さて今回は、上海のコンビニエンスストアでたて続けに無人レジが始まったということなので、週末視察に行ってみた。一つは7月から始まった上海の「ローソン」、もう一つは9月から始まった新興コンビニの「24鮮」。

"無人" と言うと、一見「Amazon Go」や中国の「Bingo Box」のような "無人店舗" を想像しがちだが、あくまで "無人レジ" なのでそのレベルは大きく異なる。さらに言うと、タイトルに付けた "無人レジ" という表現にも少々語弊がある。要は、顧客自身に会計をしてもらう「セルフ会計システム」なのだが、日本人がイメージする "無人レジ" とはアプローチが異なる。セルフ会計システムは、日本でも大手スーパーではしばしば見られるようになったが、コンビニへの導入はまだまだこれからだ。

今年の7月に入って、日本のローソンがオフィス内で菓子やカップ麺などをセルフ販売する設置型コンビニ「プチローソン」に、交通系電子マネー専用セルフレジを導入したとの事だが、一般店舗での導入は聞いたことがない。

<参考資料>非現金化セルフレジ専用の設置型オフィス内コンビニ「プチローソン」7月3日(月)より、東京都23区内先行でサービス開始|ローソン

 

24鮮 fresh+

まず最初に見に行ったのが2017年開業の新興コンビニ「24鮮」。現在、11店舗展開しているとのことだが、視察に行ったのは日本人が多く住む娄山関路駅から10分ほど歩いた仙霞路にある店舗。24鮮の取り組みは、アリババ傘下のO2Oサービス「口碑(Kǒubēi コウベイ)」(※後述)との協業によるものである。

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店外にも、店内にも、セルフ会計の告知が派手になされている。24鮮が、この取り組みにかなり力を入れていることが分かる。

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《使い方》

  1. POPに掲示されているQRコードをAlipayでスキャン。Alipay内のタブに設定されている「口碑」の24鮮のページが開くので、「自助結帳(セルフ会計)」を選択。
  2. スキャナーで購入商品のバーコードを読み取る。
  3. カートに入った商品をAlipayで支払い。
  4. 支払い完了画面を店員に提示して、確認してもらった上で退店。 

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使ってみた感想は、特に分かり辛い点もなく、非常にスムーズに購入できた。口碑はAlipayから自動的に起動されるので、特にアプリのインストールも必要ない。しかし、しばらく店内の様子を見ていたが、セルフ会計を利用する客は全くいない。皆、有人レジで普通に入金している。私がセルフ会計の支払い完了画面を提示した時も、店員の反応は「あー、それね」ぐらいの冷めた反応だった。

 

ローソン

1996年に初めて中国に進出したローソン。上海中心部だけで言うと、日系コンビニではファミリーマート、ローソン、セブンイレブンの順で店舗を見かける。視察したのは、上海高島屋と同じ建物内になる国際財富中心の中にあるローソン。ローソンのセルフ会計は、「火星兔子」というサードパーティのアプリを使うのだが、そのアプリで対象店舗の一つに出てきたローソンがこの店舗だった。

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店内に入ると24鮮のようなセルフ会計の告知は一切されていない。嫌な予感…。

《使い方》

  1. 「火星兔子」のアプリをダウンロードして、携帯番号&承認番号を入力して、IDを登録。利用店舗を選ぶ。
  2. 「火星兔子」内のスキャナーで購入商品のバーコードを読み取る。
  3. カートに入った商品をWeChat or Alipayで支払い(火星兔子からWeChat or Alipayを呼び出す)。
  4. 支払い完了画面を店員に提示し、店員がバーコードを読み取って確認(消し込み)したのち、退店。 

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事前に現地メディアでもオペレーションを確認して店舗に行ったが、支払い完了画面を提示すると、店員がこのシステムの事を分かっていない。普通に私がWeChatやAlipayで支払いをするかのように、バーコードを読み取ろうとする。当然、POSレジでは、エラーで弾かれる。私が拙い中国語で既に支払済であることを伝えても、お金を払えとのこと。結果、商品を持ち出すことができず、そのまま退散する羽目に…。

 

中国式セルフ会計システムの評価

中国でもスタートしたばかりのコンビニのセルフ会計だが、この仕組みは今後広がっていくだろうか?ローソンは論外だとしても、24鮮でも当面利用する人はかなり限られるだろう。

しかし、日本のオフィス街のコンビニで毎朝見かける10人、20人とレジに並ぶ長蛇の列。「自分は水一つ買うだけなのに早くして」と思ったことがある人は多いはずだ。この光景は中国も同じである。セルフ会計のメリットは色々あるだろうが、コンビニとって顧客への一番のベネフィットは「便利さ」であることに間違いない。顧客がコンビニに対して抱いているであろう大きな不満の一つを、このセルフ会計システムは解消してくれる可能性を秘めている。このシステムが今後拡大してくれることを期待する。 

 

中国のセルフ会計システムから学ぶべき点

この分野では世界を牽引している中国でもまだまだ普及していないセルフ会計システムだが、日本が学ぶべき点はないのだろうか?もちろん、この手法が必ずしも正解ではないだろうが、日本も参考にした方が良いと思ったのが下記3つの視点。

 

1. 物理的レジを無くしたセルフ会計システム

セルフ会計を考える時、日本人は多くは "無人のレジ" を想像するだろう。実際、日本のスーパーで導入されているのは、店員の代わりに客が自分でレジを操作するものだし、前述のプチローソンも同様の方式だ。また、日本のローソンで実験的に導入されたというセルフ会計システムは、レジ操作を店員の代わりに機械がやってくるというもの。

業界初!完全自動セルフレジ「レジロボ(R)」がこちら。 | TABI LABO

いずれせによ、レジという物理的な筐体を無くす発想はない。しかし、コンビニで無人のセルフレジを置くことは、現実的にはかなり難しいと思う。

 

理由① 処理スピードの問題

上記記事内でこのようなコメントがある。

「導入して以降、『今日は有人レジが混んでいるからレジロボを使おう』と、個人で判断して使っている方が多いです」と同店舗の店長。

無人のセルフレジになれば、本当に会計待ちの行列を早く処理できるだろうか?使い方を分かっていない顧客が利用すれば、間違いなく余分に時間が掛かる。セルフレジの利用者が少ないうちは有人レジより早く入金できるかもしれないが、このセルフレジに客が並び出した場合、恐らく処理スピードは有人の方が早いのではないか?そもそもの業態特性として、スーパーとコンビニでは顧客から求められる会計スピードに決定的な違いがある。

理由② 設置スペースの問題

本格的にコンビニでセルフレジを導入しようと思えば、恐らく会社ごとに専用端末の開発が必要であるし、初期費用もかなりのものになる。加えて、店舗運営側にとって初期費用よりも大きな問題になりそうなのは大切な売場面積をセルフレジに取られてしまう点だろう。都心店に多い売場面積50〜75平米ほどの店にセルフレジを設置して、専用のオペレーションスペースも確保する必要があるとなれば、セルフレジを導入しようと思うコンビニオーナーは少ないはずだ。

 

一方で、この中国のコンビニ2社の事例は、セルフ会計専用のレジは必要とせず、顧客のスマホをレジとして代用している。顧客のスマホがレジ代わりになるのであれば、上記のような処理スピードの問題や設置スペースの問題は解消してくれる。 

 

2. レジの代わりを果たすアプリ

顧客のスマホをレジ代わりにするには、スマホ側にそれなりの機能が必要だ。ハードの投資はなくても、ソフト面でのシステム対応が必要になってくる。

端末側の機能で言えば、位置情報を取りながら店舗を確定し、カメラ機能を制御し、スキャンされたバーコード情報に基づいて商品マスタを照会、AlipayやWeChatペイメントとの連携などが必要だ。これらをWebアプリで実現するのは、なかなか難しい。ネイティブアプリが必要になる。

しかし、中国ではソーシャルメディアの影響力が大きい為か、自社サイト等のOwned Mediaは軽視されがちで、自社の独自アプリを出している企業は日本ほど多くない。結果、サードパーティのアプリを使うことになるが、この時、どのプラットフォームを利用するかが重要になる。

 

①火星兔子

ローソンが使っているプラットフォームは「火星兔子」というアプリ。北京火星盒子科技有限公司という会社が開発したセルフ会計専用のシステムだ。日本のAppStoreでもダウンロードできるので、興味ある方はチェックしてもらいたい。現在、上海市内で利用できる店舗として表示されるのは、ローソンとローカルスーパーの「家得利」。家得利では試したことはないが、いずれにせよ、アプリの利用店舗はかなり限られている。顧客からすると、この為に "わざわざ" ダウンロードしなければならないアプリだろう。

②口碑

24鮮が使っているプラットフォームはアリババ傘下の「口碑(Kǒubēi)」だ。もともとは口コミサービスとしてスタートした口碑(中国語で口碑は口コミの意)だが、今では飲食店のレビューだけでなく、スーパーや商業施設で使える会員向けクーポンや、ホテルの予約、映画のチケット販売、美容・マッサージ等のクーポンやチケット販売など、様々なO2Oサービスを手がけている。同じくアリババ傘下の「餓了么(Èleme)」による宅配サービスもメニューの一つに入っている。

もともとアリババは、同じようなサービスを手がけていた「美団(Měituán)」に出資していたが、飲食の口コミで絶対的な人気をほこりテンセントの資本が入った「大衆点評(Dàzhòngdiǎnpíng)」と美団が合併したこと機に資本を引き上げ、アリババ独自サービスとして口碑に力を注いでいった。今では、Alipayアプリ内の下部4つのタブの一つが口碑になっている。ローソンが使っている火星兔子と違い、殆どの人のスマホに既に入っているアプリである為、顧客の利用に対するハードルも低い。口碑にとっても、今回の24鮮との取り組みは、アリババが掲げる "新小売" の一つのケースになっていくはずに違いない

 

残念ながら、日本でこのようなプラットフォームは聞いたことがない。主なフローは、Offline(商品バーコード読み取り)→ Online(決済)→ Offline(画面提示)であり、機能の中心になるのはOnlineの決済部分だ。選択された商品を顧客のカートに入れて、選択された支払い方法で会計処理、機能としてはECに近い。当然、小売側のシステム対応(商品マスタ連携・売上データ取込・売掛金管理など)があっての話であるし、日本の大手コンビニなら自社アプリを作ってしまいそうだが、既存のECプラットフォーマーでも十分対応できそうな機能だと思われるので、今後是非、日本でもこのようなサービスが提供されることを期待する。 

 

3. 完璧を求めない

最後は、一番中国らしいとも言える。意図してか、意図せずかは分からないが、考え方の違いだ。

ここまで読んでいただいた方なら、商品の確認方法に疑問を持った人がいるかもしれない。たしかにスマホの画面は提示するが、商品1点1点きちんと確認できるのか?現地メディアにも、利用者のコメントで「殆ど確認されなかった」というような声も挙がっている。日本人的発想だと「これでは盗難の危険がある。会計済みの商品かどうか分からない。システムでガードを掛ける必要あり。」とかになりそうだ。しかし、本当に(ほぼ)完璧にシステムでチェックしようと思えば、Bingo Boxのような「RF-ID」を全商品につけない限り、無理だろう。

また、サードパーティのアプリを使っているので、コンビニ各社の会員カードは使えないし、決済方法は限られている。袋が欲しくても袋代は支払えない(中国では多くの店がビニール袋は有料)。セルフ会計だと、できないことが多い。

日本の企業だと「システムが不完全」「既存の機能が使えない」等々、全体最適を重視する傾向から、できない理由を挙げて物事が一向に進まないケースが多いように思う。 "Try and Error" の "Try" を実現するまでに異様に時間を要する。その間に世の中はどんどん変わっていってしまい、最初に考えていた "Try" を実施する頃には、その施策は既に周回遅れになっているという笑えない状況に陥る。もちろん「完璧」が実現できるのであればそれに越したことはないが、特にこれだけデジタル環境が目まぐるしく変わる今の世の中においては、完璧でなくても「実施」を優先する中国企業のこの姿勢は大いに見習う必要があると思う

システムでチェック仕切れないのであれば、運用でカバーしたら良い。コンビニの会計待ちの行列なら、せいぜい朝の通勤時と昼食時の1時間ずつ程度だろう。その時だけ出入口にスタッフが立って、スマホ画面と商品をチェックするようにすれば、十分牽制になるのではないか? さらには、日本のコンビニでも毎回しつこいくらいに会員カードの有無を聞かれるが、僅かばかりのポイントが獲得できるより早く会計してくれることを望む顧客も少なくないはずだ。日本でもこの中国式の仕組みで運用できそうな気がする。

 

いずれにせよ、こういった動きは遅かれ早かれ今後間違いなく広がっていくと思うので、日本でも是非検討いただきたい。