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アリババの未来型ホテルはどこが快適なのか?

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先日、杭州にあるアリババ系列のホテル「FLY ZOO HOTEL」に泊まって来た。個人的に必要以上に「中国すごい!」を煽った記事は嫌いなのだが、今回は本当に快適な体験ができたので紹介してみたい。既にこのホテルについては、日本でも様々なメディアに取り上げられているので、本エントリーではなぜ自分が快適だと感じたのか、その理由を考えてみたいと思う。

 

場所は杭州の郊外

ホテルの重要な要素である立地は、杭州の市内中心部から車・地下鉄で1時間近くかかり、かなり不便な場所にある。すぐ隣にはアリババのオフィスや以前本ブログでも紹介したアリババ初のショッピングセンター「親橙里」がある。

ちなみに、去年訪問した際にはなかった地下鉄5号線が開通しており、比較的近くまで地下鉄で行けるようになっていた。

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この付近はいわゆるアリババ村であり、周囲はアリババの施設以外は特に目立ったものはない。それでもこのホテルには十分泊まりに行く価値があると思った。

 

快適要素① 鍵を持ち歩く必要がない

このホテルには鍵が存在しない。表現が適切でなかったが、存在しないのではなく、顔認証で部屋の開錠ができるようになっている。物理的な鍵を持つ必要がない。カードキーすら不要だ。

よって、オートロックなのに鍵を部屋に置いたまま外に出てしまった、鍵を持っている家族が帰って来ず部屋に入れない、というような事は一切ない。外国人はチェックイン時にスタッフに顔写真を撮影されるのだが(後述)、それ以降は全て自分の顔が "鍵" になる。

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(左)エレベーター内の顔認証の様子 (右)部屋の扉→中央部のカメラで顔認証

エレベーターは顔認証で自分の部屋のフロアが選択できるようになる。ジムに入るのも顔認証。朝食時、普通のホテルだと入口でスタッフに部屋番号を確認されるが、このホテルはそれも顔認証だ。

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顔認証での朝食の受付の様子

ホテル内にある自動販売機にも顔認証決済が可能なAlipayの新型タブレット:蜻蜓(トンボ)が装備されているので、中国人なら顔認証で決済が可能(※外国人はスマホAlipayを使って決済)。つまり、このホテルはホテル内にいる限り、客は鍵もスマホも持つ必要なく、自分の身一つで過ごすことができるように設計されている。

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ホテル内に設置された自動販売

この鍵がないという事実は、非常に新鮮な体験で想像以上に心地良かった。

従来のカードキーも決して嵩張るものではないので、鍵の携帯という行為自体は大きな問題ではない。しかし、このホテルであれば、部屋を出る時に都度鍵を持ったか考える必要がないし、エレベーターに乗る時や部屋に入る時に都度鍵(カードキー)をカバンから取り出す必要もない。これらは僅かなアクションの差に過ぎないが、この僅かな差の積み重ねによって「鍵をそもそも意識しなくなる」という心理面の効用が非常に大きい

 

快適要素② 音声で家電を操作可能

このホテルの各部屋には、アリババのAIスピーカー「天猫精霊」(呼び方:ティエンマオジンリン、英語名:Ali Genie)が設置されている。英語名を見ると想像がつくかもしれないが、製品名の「精霊」は、アラジンのジーニー(Genie)の中国語表記「精霊」に由来している。

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部屋に設置されたアリババのAIスピーカー

私がAIスピーカーを使うのが初めてだったから余計に感じたのかもしれないが、この音声でデバイスを操作するという感覚が非常に心地良かった。AIスピーカーだけ持っていてもそれ単体で出来ることは限られるが、部屋の各家電がAIスピーカーと接続され、その操作を全て音声で出来るというのは私にとって全く新しい体験だった。

照明、テレビ、ビデオ、オーディオ、エアコン、カーテン等、それら全てが音声で操作できる。現状は中国語しか対応していないが、私の下手な中国語にもかなりの精度で反応していた。

「天猫精灵,开灯(明かりをつけて)」

「天猫精灵,打开窗帘(カーテンを開けて)」

こんな感じだ。

宿泊したのは決して大きな部屋ではないが、寝る前に電気を消しに行ったり、テレビのリモコンを取りに行ったり、エアコンの温度を調整しに行ったり等々、それぞれ僅かな移動に過ぎないが、この部屋だと全て不要。ベッドに寝転びながら操作できる。この僅かな移動がなくなるという効用の積み重ねが大きな快適性につながる

中国語レベルの低い私でもこれだけ満喫できたのだから、中国人であればその効用は計り知れない。

 

快適要素③ チェックイン&アウトがスピーディー

このホテルに着いて、まず最初に感じる違和感がフロントだ。フロントの形態自体が一般のホテルとは異なる。フロントには機械だけが置かれていて、スタッフは存在しない。

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機械だけ置かれたフロント

チェックインは、自分でこの機械に身分証もしくはパスポートをかざして行う。中国人は公安に自身の顔写真が登録されているので、この機械でチェックインすることによって上記①の顔認証が可能になる。

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また更に中国人であれば、この端末操作すら不要で、FLY ZOO HOTELの専用アプリで事前に身分登録を済ませておけば、アプリからチェックインボタンを押すだけで、そのまま提示された自分の部屋に向かうことができるらしい。

いずれの場合も一般のホテルのようにフロントで住所を記入させられたり、中国の大部分のホテルで要求されるデポジットのやりとりをする必要もない。チェックイン作業が簡素化されているので、チェックインに待たされるということもない。

但し、上記システムは外国人には対応していない。端末に日本のパスポートをかざすと、外国人は対象外であるメッセージが表示され、スタッフがバックヤードからやって来る。そして、パスポート・電話番号等を確認の上、スタッフが持っているスマホで顔を撮影されると、外国人も顔認証ができるようになる。しかし、外国人であっても住所の記入等は不要であり、一般のホテルよりチェックインに要する時間は短い。

日本人でも中国携帯があるかないか、Alipayを使っているか使っていないかで、チェックインの手間は変わってくる

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TV画面からのチェックアウト

チェックアウトも簡単だ。アプリからチェックアウトをするか(※外国人はアプリでのチェックイン自体が出来ないので不可)、部屋のTVにチェックアウトのメニューがあるので、表示されたQRコードを読み取るだけ。領収書が必要であればアプリからも部屋のTVからも申請可能。チェックアウトも並ぶということは全くない。

高級ホテル、高級旅館でもない限り、チェックイン・チェックアウトは単なる作業に過ぎない。多くの顧客はそこに過剰なサービスは求めておらず、出来るだけストレスなく、スピーディーに行われることを求めている。このホテルは、(外国人の場合は劣るが)チェックイン・チェックアウト作業を極限まで簡素化したことにより、それに対するストレスを減らし、快適性を創出している

 

快適要素④ 設備が一流ホテル並み

これはテクノロジーとは何も関係ないが、単純にホテルの設備が値段の割に良いということだ。一般的にこのホテルの主要顧客は隣にあるアリババを訪問する出張者のようで、土日祝ほど価格が抑えられている。私が泊まったのは中秋節の3連休の初日だったが、価格は599元(約9,000円)。

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部屋は最安のランクで25平米ほどと決して広くはないが、必要な設備は整っており(なぜか冷蔵庫はなかった)、清潔さも申し分ない。 

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中国のホテルでは日系ホテルでしか見かけないウォシュレットも完備。

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ジムは最新の器具が備わっており、時間によってはヨガやフィットネスのクラスもあるようだ。

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朝食はビジネスホテル程度を想像していたが、意外に豪華で一流ホテル並み。二人まで泊まれる部屋なので、この価格で二人分の朝食が付いていることになる。

一般論として、顧客の期待・想像を上回ることができれば顧客満足度が高まるわけだが、立地の問題はあるにせよ、このホテルは一流ホテル並みの環境によって快適性を創出し、それをビジネスホテル並みの価格で提供することによって満足度が増している

 

(その他)ロボットによる新鮮な体験

最後は快適性とは直接関係ないが、面白い体験という視点。

このホテルにはレストランを除いて原則スタッフがいない。その代わりにロボットが配備されている。基本的に売り手発想でコスト削減を目的に実施された無人化は上手くいかないことが多い。顧客にも無人化によるベネフィットを提供する必要がある。もし顧客が得られるベネフィットがなければ、中国でブームが過ぎ去った無人コンビニのように、一時期話題にはなっても長くは顧客から支持されない。

ロボットも同様だ。顧客から見れば、別にロボットだから快適性が増す訳ではない。仮にロボットの性能が低ければ、逆にそれはストレスになり得る。しかし、このホテルのロボットの性能は高く、不満に感じることはなかった。そして、そのロボットが動き回る光景は大変興味深く、見ていて楽しいものであった。

このホテルは、ルームサービスを頼むとロボットが食事を運んで来てくれる。スタッフが横にいる訳ではない。ロボットは厨房から一人で通路を進み、エレベーターに乗り、注文を受けた顧客のフロアで降り、顧客の部屋の前までやって来る。到着すると部屋のベルが自動で鳴り、顧客が食事を受け取ると、一人でまた元来た道を帰って行く。ロボットが一人で館内を動き回れるように、エレベーター、部屋のベル等、全てが連動されている。

扉の前にロボットが一人で立っている光景、ロボットが一人でエレベーターに乗って来る光景はなかなか見れるものではない。そのシュールな光景を是非見ていただきたい。

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他にも、1階にはシュークリームとドリンクを作ってくれるロボット。味自体は特に変わらない。

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上海にもあるロボットバーテンダーのratio。上海の店はWeChatのミニプログラムから注文するが、ここはアリババのホテルということでAlipayのミニプログラムから注文する。

 

最後に

アリババにとってもこのホテルは実験の位置付けのようで、現時点でこのホテルを拡大していく予定はないとのこと。しかし、このホテルは一つの方向性を示していると思う。

誤解してほしくないが、必ずしも無人が良いと思っている訳ではない。人間だからこそできるサービスがある。ホテルにはその要素が多分にあるはずだ。

但し、このホテルが証明したのは、テクノロジーを活用することによって、多くの顧客がホテルに抱いている顕在化した不満を解消できるということだ。更には、誰もが当たり前と思っていた前提をも取り払うことができるということだ。その結果、顧客がこれまで意識すらしてなかった潜在的な不満も解消され、ホテルにとって最も大切な快適性を向上させることができている

読み返すと、結果的に私のこのエントリーも自分が嫌いな「煽り記事」になっているかもしれない。私は大変満足できたが、他の方からするとそこまで思わないかもしれない。もしこのエントリーを見て泊まった方がいらっしゃれば、是非感想を伺ってみたい。