ONE HUNDREDTH

中国、小売、マーケティング、ファッションなどなど

EC先進国の中国で増加する書店

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中国・上海に来られたらコンビニを見てもらいたい。何か違和感を感じるはずだ。日本のコンビニには必ずあるものがない。そう、雑誌・本のコーナーが丸々ないのだ。新聞も売られていない。地下鉄に乗っても、新聞を読んでいるサラリーマンを見かけることは皆無。車内には吊り広告も存在しない。

上海で生活していると、プリントメディアに接することが極端に少ない。もちろん百貨店・ショッピングセンター等の商業施設では、宣伝カタログを作ったり、会員へDMを送ったりすることはあるが、頻度は日本より圧倒的に少ない。

これだけプリントメディアが少なくなっている中国・上海で、不思議なことに書店が増えている。日本でも台湾の誠品書店が進出し話題になっているが、ここ上海でも新しくオープンする商業施設には、かなりの確率で書店が入っている。小売のEC化率15%と日本の倍以上にECが利用されている中国で、なぜ今、実店舗の書店が増えているのか?

 

(1) 中国の書籍市場の動向

①年別書籍売上

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出典:2018年中国图书零售市场现状与发展前景 线上销售拉动行业稳定增长【组图】_经济学人 - 前瞻网

中国の書籍の売上は経済発展に比例して毎年成長している。2018年は894億元(約1.35兆円)で対前年+11.3%の伸び率。これには電子書籍は含まれていないので、印刷された純然たる本の販売額である。意外に少ないと思ったが、日本の出版市場も2018年は約1.3兆円との事なので、日本とほぼ同じ規模ということなる。但し、日本はピークの1996年には約2.6兆円の売上だったが、毎年減少を続けて現在の規模になっているので、その置かれている市場環境は日本とは全く異なる。

②実店舗とECの売上比率

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出典:2018年中国图书零售市场现状与发展前景 线上销售拉动行业稳定增长【组图】_经济学人 - 前瞻网

実店舗とECの内訳を見ると、2018年の894億元の売上のうち、ECの販売額は573億元。実に64%がECで販売されていることになる。EC化率が64%というのは凄まじい市場だ。日本の書籍のEC化率は30%程度らしいので、中国は書籍においても日本の倍以上のEC化率ということになる。

では、実店舗の書店の売上状況はどうか?ECの影響で右肩下がりになっているかというと、決してそうではない。ECのように大きな成長はしていないが、市場全体が成長しているので、この8年、大きくマイナスもしていない。320〜340億元の辺りを彷徨っている。急成長している中国の書籍小売市場において、今も一定の影響力を保っているのが実店舗の書店だ。

③EC化率64%でも増える書店

EC化率がこれだけ高い中国の書籍小売市場にも関わらず、実店舗の書店は増えている。下記は都市別に書店の数をまとめたランキング。大都市ほど書店の数が多いことが分かる。

出典:2018中国城市书店数量排行榜前20名

新聞や雑誌を売っていた小さなスタンドが整理されているらしく年別の精緻な数が特定できないが、動向に詳しい中国図書商報創始者の程三国氏はインタビューでこのように述べている。

新聞や雑誌を売っていたスタンドを整理しているので、統計上の書店の数の増減と実態が合致していないのですが、中国の書店の数は政府の統計で16万店台。間違いなく、現在がもっとも多い。

出典:中国が向かう「書店4.0」とはどんな世界か:朝日新聞GLOBE+

仕事柄、様々な商業施設を見に行くが、私の肌感としても上海の書店は確実に増えている。それも大型の書店。日本の蔦屋書店のような店がどんどん増えていっている。

 

(2) なぜ書店が増えるのか?

①全民閲読活動

もともと改革開放が本格化する前、中国の書店は国営の新華書店だけだった。90年代から民営の書店も生まれてくるが、2000年代に入るとECの影響や家賃高騰の問題から閉店に追い込まれる店が出てきた。その背景を受けて中国政府が強力に押し進めたのが「全民閲読活動」である。

全民閲読活動とは、全ての人が本を読む機会を増やして教養を高めることを目的にしており、具体的な政策としては補助金や税制優遇で書店の経営を支援している。この活動は2006年の胡錦濤の時代からスタートし、習近平政権になってからは更に活発化している。その効果として、2010年から2014年の間に成人の読書率は52.3%から58.0%に増加、紙の本の読書量は4.25本から4.56本に増加したとのことである。

②書店に対する良いイメージ

また、根底として中国人の本に対する意識もかなり影響している。書籍、それを提供する書店に対するイメージが相対的に良いのだ。

中国では、教養がある人のことを「有文化的人(文化がある人)」と言う。この "文化" とは日本語の文化とは違い、知識・学問を意味している。ちなみに、中国では学歴のことを "文化水平" と呼ぶ。日本語と同じ "教養" という単語もあるが躾の意味合いが強く、「没有教養(しつけがなってない)」と言うことはあっても、「有教養」と肯定的に使われることは少ない。中国では、この "文化" を持っている人ほど人々の尊敬を集める。そして、それを養うツールが書籍ということだ。

もう少し補足する。"文化" について、中国人の特性を理解するには良著である『スッキリ中国論』には、このように記されている。

社会から「尊重される仕事」とそうでない仕事が人々の間で明らかに認識されていて、誰もがそういう立場に立とうとする。尊重される仕事に就けている人こそが能力のある立派な人、尊敬すべき人であって、そうでない仕事をしている人はそうではない、という単純な二元論が人々の観念を今でも強く支配している。

(中略)

尊重される仕事とそうでない仕事を分けているものは何か、そのカギは「文」という概念である。文とは何かとという厳密な解釈は複雑だが、要は「机の前に座って文字を操ること」であると思えば間違いない。つまり、きれいなオフィスなど人工的につくり上げられた環境の中で「頭を使ってやる仕事」が「文」であり、体を使って行う泥臭い仕事ほど「文」から遠くなる。

つまり、中国では所謂ホワイトカラーとブルーカラーに明確な壁がある。そして、大部分の人はたくさんの知識を身につけて、尊重される仕事であるホワイトカラーを目指そうとする。

余談だが、中国では日本で人気のキッザニアのような施設はなかなか受け入れられない(※似た施設はある)。これにも上記 "文" の価値観が強く影響している。日本人の考え方だと、ガソリンスタンドの店員であっても荷物を届ける宅配員であっても、一生懸命その仕事に取り組み、そこで専門性を発揮している人に対しては尊敬の念を持って接する。だが中国人の価値観だと、それらの仕事は "文" から遠い仕事であるので、裕福な家庭の親からすると、そのような仕事は自分の子供にさせる仕事ではないと考える。もっと "文" の高い仕事こそ子供にさせるべきだと考えるのだ。

※中国の事情を説明しているのであって、私個人の考えではありません

"文" を手に入れるには読書は欠かせず、それを提供している書店は "文" のある施設ということになる。

③買い手と売り手の変化

モノからコトへの消費の変化が叫ばれるようになって久しいが、ここ中国でも都市部の先行層中心に同じ動きは起きている。物質的な欲求は十分満たされ、精神的な欲求を満たす為に消費する人々が増えている。

単純に本というモノが欲しいだけなら、ECなら希望の商品がすぐに見つかるし、1〜2日もあれば商品は届く。今、実店舗の書店に行ってる人の中で、特定の書籍を探しに行ってる人はどれ位いるだろうか?多くの人は明確な目的はなく、なんとなく書店に行って、快適な空間で時間を消費しに行ってるのではないか。本を読みながら併設されたカフェでお茶を飲む、書店内で開催されるセミナーに参加するなど、本というモノを通して提供されるコト体験の為に書店を訪れる人が増えている

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一方で、そういった生活者の変化に対応するため、売り手である書店、書店を誘致する商業施設のデベロッパーにも変化が起きている。

デベロッパーの視点で言えば、書店は決して高い家賃が取れるテナントではない。しかし、イメージの良い書店があれば文化的要素も高まり、施設の格を上げることに繋がる。また、老人から子供までターゲットの広い書店は商業施設の集客装置になり得る。品揃えの面においても、集客の面においても、書店は欠かせないテナントになっている

また、書店自体も変化している。商品面では、単品では差別化できない書籍を並べているだけではECとの勝負に勝てないので、嗜好が多様化した生活者に向けて、書籍以外の商品も合わせてライフスタイル全体での提案が必要になっている。収益面においても、利益率の低い書籍だけでなく、実店舗ならではの体験価値を高める商品・サービスを備えることによって収益構造の改善を図っている。例えば、文具・雑貨・玩具など品揃えを増やしたり、カフェを併設して物販以外の収益源を得たり、イベントを誘致して場所代を得たり、といった具合だ。

 

(3) 支持されている書店の特徴

①写真映えする内装

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中国の消費をリードしているのは10〜30代の若い女性たちである。以前コーヒー市場に関するエントリーでも紹介したが、物質的にも満たされた彼女たちにとっては、いかにSNSでアピールできるかが行動の基準になる。日本の若者以上に ”写真映え” が大切だ。

上記写真は中国版instagramである小紅書(RED)のものだが、素敵な空間にいる自分をいかに写真に収められるか、それをWeChatのモーメンツや小紅書などにUPして、いかに「いいね」を貰えるかが重要になる。彼女たちにとっては、それを叶えてくれるお洒落な空間が大切なのであって、書店は手段でしかない

従って、書店としては写真映えする高く美しく積み上げられた書棚は必須である。但し、大抵そのような高い場所に置かれている本はダミーのものである。

②カフェを併設

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新しくオープンした書店には、ほぼ100%の確率でカフェが併設されている。体験消費として快適な空間を楽しんでもらう為にも、本以外の収益源としても、カフェは必須の設備だ。日本の蔦屋書店に必ずスターバックスがあるのも同じ発想である。よく蔦屋書店は儲かっているのか?と議論になるが、書籍以外の収益もかなり大きいと推測される。ライセンシーとして蔦屋書店が運営しているスターバックスは、スターバックス全店の中でも高い売上を誇っているらしい。

③書籍以外の豊富な品揃え

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3つ目は書店でありながら、書籍以外の商品を取り扱っているということである。前述したように、文具・ファッション雑貨・玩具等々、取り扱いアイテムは多岐に渡る。これはライフスタイルを提案するという意味で必要であると共に、来店した顧客についで買いを促す大切な収益源になっている。大型書店ほど書籍以外のアイテム構成比が高く、店舗によっては、書店内の1つのテナントとして雑貨ショップ等が入っているケースもある。

④快適な読書空間

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これも快適性を提供する為には必須の機能。広々とした座席でゆっくり本を読んでもらえる環境を提供している。店舗によっては読書室も備えている。日本同様に、パソコンを開いて仕事や自習をしている人もかなり多い。

⑤充実した子供向け書籍

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最近オープンする書店の多くが郊外のショッピングセンターに入っているということもあって、家族連れを呼び込む為の子供向けの児童書や参考書が多いというのも特徴だ。今の中国の都市部の子供は一人っ子が多く、父母・祖父母から多大な投資を受けている。売上面でも子供向け書籍ほどよく売れるということもあるのだろう。

 

(4) 上海の特徴化された書店例

一部とても「書店」とは呼べないものもあるが、上海にある今の時代感を捉えた店の一例を紹介する。

◆光的空間新華書店 https://www.dianping.com/shop/97084821

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国営の新華書店が中国でも人気のある安藤忠雄氏にデザインを依頼した書店。天井まで伸びた書棚とコンクリートコントラストが映える書店。老舗の書店だけあって、書籍の品揃えもレベルが高い。

◆朵雲書院旗艦店 https://www.dianping.com/shop/132839465

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週末は行列ができる話題の書店。上海一高いビルである上海中心の52階にあり、書店専用の展望デッキから景色が見られる。外に出るには飲料の購入が必須。

◆言幾又(来福士広場店) https://www.dianping.com/shop/91066450

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店舗を増やし続けている言几又(簡体字の名前)の新店舗。中山公園のショッピングセンター・来福士の中にある。写真映えする内装、カフェ、雑貨、快適な読書空間、豊富な児童書、今の書店の特徴全てが合致する店舗。

◆鐘書閣(緑地繽紛店) https://www.dianping.com/shop/95367058

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洗練された店舗が多い鐘書閣の郊外店舗。写真映えする書棚が特徴だが、品揃えも豊富で、特に子供関連の書籍・参考書が充実している。

 ◆ICICLE SPACE https://www.dianping.com/shop/67187496

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一般的な書店ではないが、今、中国で最も売れる洋服ブランドであるICICLEのコンセプト店。1階は洋服を扱う通常の店だが、2階が書店になっており、カフェを飲みながら休憩することが可能。ライフスタイル提案に書籍が欠かせなくなってきていることを感じる店舗。

◆ZiWU誌屋 https://www.dianping.com/shop/92668510

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入場に50元支払う必要がある書店。アートをテーマにしており、品揃えは写真集・雑誌等に限られている。入場料の中にドリンク一杯が付いており、書店というよりは快適な自習室といった印象。写真に写っている2・3階部分の本は全て飾りで、完全に "映え" 目的の店舗。

◆復旦旧書店 https://www.dianping.com/shop/2221291

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最後は変わり種の書店。復旦大学の側にある古本屋で、大量の本が無造作に置かれている。これもある意味、写真映えする店舗であり、小紅書(RED)を見ると沢山の投稿がUPされている。ちなみに、値段は本の裏面に手書きで書かれている適当さが中国らしい。

 

(5) 最後に

先日、日本で出版社に勤める友人といくつかの書店を巡る機会があった。

彼が言ってたのは、中国の書籍は物価水準を考えても、日本より明らかに安いとのこと。従来の書籍だけを売る書店と違って、快適な空間で品揃えを増やし、体験消費としての場を提供して支持を集めている最近の書店だが、仮に政府からの補助があったとしても、この単価でこの広さをこの運営方法でやっている限り、実質利益は出ていないのではないか?という感想だった。

中国の書店は今後も増えていくのだろうか?それとも再び淘汰の波がやってくるのだろうか?話題の中国のニューリテールとは異なるが、是非中国に来られた際は書店にも足を運んでいただきたい。今の中国人の消費動向の一端が見て取れるはずだ。