アリババのものではなくなった独身の日
11月11日、中国では「双11(シュワンシーイー)」と呼ばれる2017年の「独身の日」が終わった。今年はアリババが運営する天猫(Tmall)・淘宝(Taobao)の取扱高は、過去最高の1682億元(約2兆8594億円)になったようだ。楽天全体の取扱額が3兆円であることを考えると、たった1日で凄まじい売上だ。
日本でも今年からYahoo!やイオンなどが中国の独身の日を倣ったキャンペーンを始めたようだが、その盛り上がり感は全く異なる。
このニュースは日本の多くのメディアでも報道され、その額の大きさに対する驚きと共に、アリババの凄さの裏返しとして、旧来型の実店舗小売の厳しさが象徴的に描かれている。
しかし、上海に来て8ヶ月、現地で初めて独身の日を体験した感想は少し違った。今回はこのことを綴ってみたいと思う。
アリババの独身の日
アリババが2009年にスタートさせた独身の日のキャンペーン。独り身を意味する「1」が4つ並ぶ日、昔はコンパを行うのが主流だったらしいが、2009年、アリババはその日に「恋人のいない人はネットで買い物をしよう」と初めてSALEを行った。最初の年の売上は、わずか0.5億元(現在のレートで約8.5億円)。"わずか" と書いたが、実際のところ、0.5億元でも凄い数字だ。
しかし、そこから9年、中国経済の発展、インターネット・SNSの普及、第三者決済の活用、物流網の発達など様々な外部要因も重なって、2017年の売上は1年目の3300倍以上の1682億元に成長。中国、いや世界を代表する一大プロモーションに進化した。
このアリババの取り組みについて、個人的に気になったポイントを紹介したいと思う。
①圧倒的な露出
まず驚いたのは、圧倒的な露出である。10月中頃から、街中の至るところで双11の広告を目にした。 地下鉄各駅の主要な広告枠は、ほぼアリババに押さえられていた。たまに強豪のECプラットフォーマーである「京東(ジンドン)」の広告も目にしたが、その量は比べ物にならない。 広告フォーマットを見ると、出店企業からタイアップを取っていると思われるが、この1ヶ月ほどのアリババ全体の出稿量は想像を絶する金額だったに違いない。
また前日の11月10日には、アリババCEOのジャック・マー(馬雲)が出演する映画『功守道』が放映された。日本でもお馴染みのジェット・リーが総監督を担当し、サモ・ハン・キンポーや朝青龍まで登場する力の入れようだ。
極め付けが、直前の10日の晩に開催されたイベント。毎年豪華ゲストを招いて実施されるイベントに、今年はファレル・ウィリアムス、ニコール・キッドマン、マリア・シャラポワらが招待され、その模様は地上波のTVで生中継された。このTV番組以外にも天猫上では、中国で人気のタレントらが出演するライブ番組が同時に数本配信されていた。
②魅力的な価格
何と言っても顧客を引き込む最大の要因である価格。実は5割引を超えるような値段で販売する店は僅かで、大半の店が1〜2割引という情報も事前に耳にしていたが、実際どんな価格設定になっているのか、自分でも買い物してみた。
adidas で人気の「stan smith」だが、中国での定価は899元(約15,200円)。これを天猫内で探していると、最安値はadidasの直営だったが、いざ購入しようとするとすぐ売り切れに。仕方なく別の店を選択。558元だが、ここから店が提供しているクーポンを使用すると、538元(約9,150円)約40%OFFの価格になった。
もう一つ、当日、実店舗を視察してまわった時に気になった商品。「SUPERDRY」というブランドのもので、実店舗では定価通りの1099元(約18,700円)。定価であれば買うつもりはなかったが、これを天猫でチェックすると879元。そこからブランドのクーポン、さらに天猫のクーポンを使用することができ、最終的には719元(12,200円)約35%OFFの価格に。
まさに実店舗がECのショールームとなる「ショールーミング」の行動となった。
双11時の全商品のデータを持ち合わせている訳ではないので実際の値引き状況は分からないが、少なくとも私が出会った商品に限れば、確かに魅力的な価格であった。
③リアルとの連携
アリババが「新小売」の構想を発表し、最近力を入れている実店舗との連動も強化された。過去にこのブログでも触れたスーパーの「盒馬鮮生」や「口碑」を使ったO2Oも彼らの新小売構想の一環だが、双11には、日本人が見覚えのあるゲーム(!?)が導入された。
これまでもアリババの特別なイベント時には活用されていたそうだが、位置情報と連動させて、街中でゲームを起動すると天猫のキャラクターである黒猫が出現。
黒猫を捕まえると飲食店や物販店などで使えるクーポンを入手できるというものである。クーポンの内容は、例えばスターバックスではラテが貰えたり、KFCではチキン、アパレルブランドでは値引券といった形だ。手に入れたクーポンをフックにして、そのブランドの実店舗へ誘導するO2O(Online to Offline)の取り組みである。
また、新小売構想でパートナー企業になっている百聯グループの「八百伴」百貨店をはじめとするいくつかのスポットでは、このゲームを使って紅包(お年玉のようなもの)が配布された。
店の前で、限られた時間しか出現しない黄金の猫を捕まえると100元、常時出現する「百聯猫」を捕まえると100元以上の買い上げで20元引きになる券が貰えるというもの。この紅包を求めて八百伴の前には多くの人が集まり、一時期、日本各地でポケモン出現スポットに夜な夜な人が集まっていたのと同じような光景が見られた。
アリババ以外の独身の日
ここまではアリババの圧倒的なパワーに触れてきたが、中国ではこの双11=独身の日をアリババだけのものにするのではなく、EC含む小売業全体にこのキャンペーンを取り入れる動きが広がっている。
京東の取り組み
アリババに次ぐ業界2位で、中国のEC市場の約1/4を占める「京東(ジンドン)」。彼らもアリババを倣って、2012年から双11の取り組みをスタートしている。
今年の京東の売上は、11月1日〜11日の合計で1271億元(約2兆1600億円)に達したようだ。単日の売上ではないにせよ、ECのトップ2社で合計約5兆円とは信じられない規模である。
彼らの強みである電化製品や自社販売商品の打ち出しを強化したり、アリババは配送が遅いという弱点を突いて即日配送を訴求するなど、差別化を図っている。今年は、騰訊(テンセント)、百度(バイドゥ)、網易(ワンイー)など中国の大手メディアからの送客も強化された。
実店舗の取り組み
ネット上の盛り上がりを取り込もうと、実店舗でも双11の取り組みが多く見られた。
大半の店は買上金額に応じて買物券をプレゼントしたり、値引きをしたり、ハウスカードのポイントの付与率を上げたり、何らかの経済特典を用意して実店舗でもお得に買い物ができることを訴求するものである。
もちろん、ラグジュアリーブランドでは実施されていなかったし、賃貸借型のビジネスモデルであるショッピングセンターではブランド/テナント個別の取り組みレベルであり、館全体で取り組んでいるのは百貨店が中心であった。
特に経済特典が魅力的だったのは、前述の八百伴。600元以上の買い物で360元の買物券をプレゼントするというもの。率にすると、360 ÷(600+360)= 37%であり、決してアリババや京東に劣らない特典だ。
また、百貨店・ショッピングセンター内のブランド単位では、実店舗の販売価格がECと同じ価格であることを謳って、実店舗での買い上げを促進する動きも見られた。
下記写真は今年のアリババの双11で総合6位の売上になったユニクロの店舗だが、入口のショーウィンドーにはECと同価格であることが訴求されていた。
ユニクロは他にも、ECで購入した商品を実店舗で受け取れるようにし、その場合はさらに10元値引きするキャンペーンも実施。商品交換・返品にも応じるとして、EC⇄実店舗の垣根を取り払ったオムニチャネル型の双11が展開された。
アリババだけのものではなくなった独身の日
双11に取り組む企業が増える一方で、このような実店舗の取り組みを冷ややかに評価するメディアも散見される。いくら実店舗がアリババ・ECに対抗しようと頑張ったところで、ECの勢いには叶わないというものだ。
※上記は2016年の記事
確かに経済特典頼みのプロモーションは通常時の買い控えを生む恐れがあるし、コストの負担も大きい。ECと同じ価格と言っても、アリババ・京東ともに商品によっては適用できるクーポンを使えば、実店舗より安くなる可能性はある。
しかし、今回上海のいくつのか商業施設を見てまわって、各施設・ブランドの集客・買上状況や、そこにいる顧客を観察していると、とてもそんな風には思えなかった。
今年の独身の日が土曜日だったことも大きいと思うが、双11にしっかり取り組んでいる実店舗は客で賑わい、レジには列ができ、その場は明らかに「買い物しよう!」という空気感に満ち溢れていた。事実、私が勤める店も好成績を納めることができた。
また、まわりの中国人からは、期間限定のクーポンや予約購買など販売方法が複雑になりすぎて分かりづらいといった声や、配送に時間が掛かるから実店舗で買うなど、ECに対する不満の声も聞かれた。独身の日はアリババが主役であることには間違いないが、決してアリババだけのものではなくなってきているのが実情だ。
小売にとっての独身の日
独身の日を理解する上で、中国の小売の状況についても触れておきたい。"中国" と書いてしまったが、私が知っているのは上海だけで、上海と他の都市では環境が大きく異なるらしいので、以下は上海に限った話として理解いただきたい。
中国の小売が置かれた状況
◆急激に進む小売の進化
中国人は買い物好きだ。これは間違いない。
80〜90年代にパリのラグジュアリーブランドに日本人が行列して買い物していた光景が今は中国人に取って代わっている、というのはよく聞く話だ。では、今の中国が日本の30〜40年前と同じかと聞かれると、それは大きく異なる。
こちらに来て感じることは、日本の小売が30〜40年間ほどかけて経験してきたことが、中国では僅か10年ほどの驚異的なスピードで進行しているのではないかということだ。
80年代に専門性や価格を武器に登場した「カテゴリーキラー」、90年代以降に急速に増加したアウトレット含む「ショッピングセンター」、そして00年代以降の「EC」等、日本の小売には10年おきに大きな変化が起きてきたが、中国ではこれらが一気に起きているという印象を受ける。
街には六本木や表参道にあってもおかしくないお洒落な商業施設やショップがあるかと思えば、ここは戦後かと目を疑いたくなるような光景も街中に残っている。発展スピードが早すぎる為に嗜好の振り幅、感度の振り幅も大きい上に、貧富の格差も日本とは比較にならないほど激しい。中国は「平均」という物差しで測ってしまうと危険なマーケットだ。
◆EC化率は15%
下記は中国の全小売の売上を実店舗とオンライン(=EC)に分けて集計したものだ。2016年の市場は約33兆元(約561兆円)、オンライン売上は5.1兆元(約87兆円)でその割合は15%を超える。この僅か数年の間にEC化率は急速に高まり、日本の7%、アメリカの11%と言われる数字を一気に抜き去り、世界で有数のEC先進国になった。
◆鈍化する成長率と供給過剰
しかし、これを成長率ベースで見ると、その伸びは明らかに鈍化してきている。依然ECの成長率は+30%以上と高いことには違いないが、勢いは落ちてきている。
小売業全体の成長率も右肩下がりで、いよいよ+10%を切る値に近づいている。大都市だけでなく、地方でもますます中間層が増加することによって消費の拡大が期待される一方、成熟化に至るスピードも早い為に消費全体の成長も鈍ってきているのである。
ちなみに、商業施設の開発スピードも凄まじい。上海では、2016年に29箇所・約200万平米の商業施設が開発された。日本の主要10都市にある百貨店の合計面積が約290万平米なので、上海一都市のたった一年で、日本の主要百貨店の2/3に当たる面積が開発されたことになる。小売全体の成長が鈍化してきているにも関わらず、実店舗の供給過剰も凄いスピードで進行している。
◆モノからコトへの移行
日本では「消費のモノからコトへの移行」と言われているが、この動きはここ中国も同じだ。
両親と同居、或いは近所に住んでいることが多い上海人は、その6つの財布(父方の両親+母方の両親+父母)をフルに活用して、子供(孫)への投資(教育)に熱心だ。
郊外のショッピングセンターには、英語やダンスを教育する施設や、家族で楽しめる体験要素の詰まったエンターテインメント施設が入居し、週末には家族連れで賑わっている。また、ジムも街中至るところに出来ており、若者中心に健康志向が広がってきている。お金の使い道が、モノからコトに急速に移行している。
独身の日から若干話が逸れてしまったが、言いたいことは、中国の小売の成熟化は急速に進んでおり、買い物好きの中国人に対しても、「モノを売る」という行為がどんどん難しくなっているということである。
一つの歳時記になった独身の日
最後に繰り返しになるが、この独身の日は中国の "小売業における最大のお祭り" に成長したのだと思う。
小売業の人間が販売計画を作る際に最も重要視するのは「歳時記」である。 歳時記とは企業によって呼び方は様々だが、例えば、母の日や父の日、バレンタイン、クリスマスなどのことを指す。お中元・お歳暮も歳時記の一つだ。
"世の中ごと" としてプレゼント等を贈るという既に生活者の中で認識されているモチベーションに対して、自分たちの店が選ばれるように、各社独自のイベントを企画して話題性を創出したり、値引きや景品などの経済特典を付与したり、少しでも沢山の人に買ってもらえるように努力する。
なぜ歳時記を重視するかと言えば、理由はシンプル。既に「モノを買う」というモチベーションが存在しているマーケットなので、そこにアプローチするのが最も効率が良いからである。裏を返すと、このモノ余りの時代に「モノを買いたい」というモチベーション自体を作りだすということは非常に難しく、一企業が頑張ったところで反応してもらえる顧客(既存・新規)はわずかである。
そういう意味で、独身の日は既に中国人の中に「買い物したい」というモチベーションが出来あがっているマーケットだ。そして、そのモチベーションは、アリババの範疇も、ECの範疇も超える大きなものに成長している。もはや独身の日はアリババのものではなくなっているのだ。
ここまでこのマーケットを育てたのは間違いなくアリババであり、アリババの功績である。中国の小売業なら、このマーケットに乗っからない手はない。
※記事内の円表記はすべて1元=17円で計算